ご褒美をください | ナノ
※二人が付き合っている前提のお話です。



再会してからというものの、全身で俺のこと意識してますオーラを出している癖になかなか俺を好きだと認めようとしなかった小野寺が、ようやく俺と恋人になることに頷いたのが一カ月前のことだ。しかしお互いの忙しさには変わりなく、ろくに恋人らしいことも出来ないまま仕事に明け暮れて、気付けば一カ月が過ぎていた。
変化をしたのは、俺の部屋に来るのに小野寺があまり抵抗しなくなったこと位だろうか。しかし、いざ連れ込んでも直ぐに「持ち帰りの仕事が」とか往生際が悪い言い訳をしてそそくさと帰ろうとしたり、手を出せばギャーギャーと騒ぎ立てるのは相変わらずで、照れ隠しと分かっていても腹が立つ。嫌がる小野寺の首根っこを掴んで部屋に止まらせるパターンは、正式に付き合い始める前と変化していなくて、そのことに少しの苛立ちともどかしさを感じた。

うまくいっていない訳ではないと思う。再会したばかりの毛を逆なでた猫のような態度は和らいだし、小野寺は以前よりも幾分、素直に好意を受け取れるようになった。
しかし頭を過ぎるのは、学生の頃のことだ。あの時だって俺はこいつと、うまくやっているつもりだったのだ。それが突然姿を消して、居場所を探してみれば婚約者がいるという事実が判明して。訳が分からなくて混乱している所に親の離婚も重なって、やり場のない感情を持て余して、何人もの相手と手当たり次第寝た。荒んでいたあの頃は携帯のメモリーと共に消し去ったつもりの過去の出来事だけど、今でもふと思い出してゾッとする記憶だ。

だから、いつでも確かめたい。小野寺は本当に俺のこと好きなのかどうか。そうすれば不安も薄らぐ。
会話もしたい。話題は仕事のことでも靴のサイズのことでも、どんなくだらないことでも構わない。あの思い込みが激しい小野寺と思考を噛み合わせるために、どんな些細なことでも正面切って向かい合って話したい。
もう何も知らされずに姿を消されるのだけは御免だ。何の説明もなく回し蹴り一発くらって姿を消された理不尽さはこれまで忘れられなかったし、きっとこれからも忘れることはないだろう。

―――そういう訳で俺は、この休日も半ば強制的に小野寺を部屋に連れ込んで、小野寺弄りに興じるのである。





「お祝い、ちょーだい」
「は?」
「先月の俺の担当コミックスの重版が決まっただろ。そのお祝い」
小野寺は如何にも面倒そうな顔をして、こちらを見上げた。「なんで俺が高野さんのお祝いをしなくちゃいけないんですか」とでも言いたげだ。
「なんで俺が高野さんのお祝いをしなくちゃいけないんですか」
「…本当に言ったし」
「?…一体、何なんですか、もう…」
いつものように小野寺は俺の部屋で、読みかけのハードカバーに目を向ける。ページが進んでいないから内容に集中出来ていないのは明白で、俺と二人だけの空間では間が持たないから本に集中した振りをしていると気付いたのは、いつのことだったか。
「それで、お祝い。何かねーの?」
「…高野さん、厚かましくないですか…?」
重版したこと自体は特別珍しいことじゃないけれど、小野寺に声を掛けるきっかけになれば何でもいい。ただ、小野寺から反応が欲しかったのだ。未だに二人きりになると過剰に意識をしてぎこちない態度を取る小野寺の、緊張がほぐせるような。
だから別段、小野寺からのアクションを期待していなかった。緊張して真っ赤になって下を向いて固まるのは十年前からのことで、ひねくれた性格のせいでなかなか素直になれない現在の小野寺のことだって、俺なりに分かっているつもりなのだから。
小野寺は暫し逡巡した様子で、俺の方を伺い見る。
突然困らせるようなことを言った自覚はあるし、本当にお祝いをよこせとは思っていなかったから、いつものように「冗談だ」と打ち消してやるつもりだった。

「………じゃあ、目を瞑って下さい」

…だから、小野寺が耳まで赤くして言った言葉には、思わず目を剥いてしまった。



「ちゃんと目を瞑っていて下さいよ」
ムスッとした口調で念を押してくる小野寺に大人しく従うと、ふう、と深呼吸をする気配がした。
肩にそっと添えられた小野寺の手がくすぐったい。薄目を開けて様子を伺うと、今は大きな瞳が閉じられた小野寺の顔がすぐそばにあった。
恐る恐る近付く唇は、しかし俺のそれに着地することなく、俺の唇の横に触れた。
思っていた感触と違ったことに不思議そうにする小野寺に、笑い出しそうになるのをこらえたつもりだったけれど、にやけた口元は堪えきれないままに指摘をしてやる。
「…お前、ヘタクソだな、キス」
「なっ…!」
羞恥の熱で沸騰しそうな小野寺の様子に、少し溜飲が下がる。
俺のことで頭が一杯な小野寺を見るのは気分が良いものだと言ったら、こいつはどう思うのだろうか。ああ、大丈夫だ、こいつはまだ俺の目の前から姿を消さない、そんな安堵を僅かに得られる。
横澤には、「好きな奴をからかって苛めるとか、そういうのが許されるのは精々、小学生の男子までだぞ」と釘を刺されているものの、小学生の時分にそんなことを考えたことはないから多少は許されると思う…多分。そう返したら横澤は「もう勝手にしろ」と投げやりに言ってきた…つくづく、理解ある友人だ。
「つーか、目を閉じるのが早すぎんだよ。あれじゃ外して当たり前だろ」
「って、なんで見てるんですか…俺、高野さんに目を閉じろって言ったじゃないですか!」
「ちゃんと目は瞑った。けど、お前がちんたらしてるから、どうしたのかと思って目を開けたんだろ。だから、悪いのはお前だ」
「な、何か文句でもあるんですか!…だって、お祝いなんて突然言われても用意してる訳ないし、その…」
「ないよ、文句は」
熱を込めた視線を向ければ、小野寺はびくりと肩を震わせる。
「だから、もっとして?」
それまで赤かった顔をもっと真っ赤にさせた小野寺が俯こうとしたので、頬に手を添えて顔を上に向けさせた。



「……………あの、高野さん」
「ん、何」
「………重版、おめでとうございます」
今度こそ合わさった唇が離れた後に、渋々といった様子で話す小野寺が可笑しくて思わず笑ったら、機嫌を損ねたのか小野寺は拗ねた顔でそっぽを向いた。











2012.04.01
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -