クリスマスイブの夜には沢山の料理や大きなケーキを食べる。朝目覚めれば枕元にはプレゼントの箱があって、きっとサンタクロースが来たのねと無邪気に子供が喜ぶ。 そんな絵に描いたような、お定まりのクリスマス像。でも、それ位の夢、我が子にも見せてやりたいではないか。 片親しか居ない故に寂しい思いはさせたくないといつも思っている。けれど、どうしても不規則な仕事柄のせいで一人で過ごさせることも多い。 だから、こういったイベント事に便乗して、娘に少しくらい楽しい思いをさせてやりたいとも思う訳で。 「……という訳でさ、クリスマスにサンタクロースは必須だと思うんだよなあ、俺は」 「何が『という訳』だ!」 横澤が勢い良くテーブルを叩いた。バン!と小気味の良い音がして、テーブルが揺れる。 テーブルを叩いたのと反対の手でぎゅっと握ったそれを睨み付けながら、低い声で言った。 「…それで、なんで俺がこのサンタクロースの衣装を着ることに繋がるんだ」 横澤の手に握られているのは、俺が買ってきたサンタクロースの帽子だ。テーブルの上には、成人男性用のサイズのサンタクロースの服も広げられている。赤と白のコントラストがやたらにチカチカして、平々凡々なダイニングテーブルの上で異彩を放っていた。 「ひよが面白がるかと思って」 「面白がってるのはあんただろ」 握られたサンタクロースの帽子に皺がよるのを見ながら、さて今横澤の顔が赤いのは怒っているせいか、照れているせいかと軽く首を傾ける。 そんな俺の仕草を見た横澤が、馬鹿にしているのかとでも言いたげに眉を寄せた。 …馬鹿にはしていない、こちらとしては至って真面目に提案したのに、心外だ。まあ、横澤の反応を面白がっていることは否めないが。 明日はクリスマス。 毎年クリスマスには日和の為に、ケーキを注文してプレゼントを渡していた。年末進行の影響で毎年この時期は多忙で、ケーキとプレゼント位しか用意することが出来なかったけれど、それでも日和は喜んでいた。パパは忙しいんだから、ケーキとプレゼントを準備していてくれただけでも嬉しい、十分だと。 しかし、友達の誰かの家にはサンタが来たとか、楽しそうだったとか話す日和は、どこか羨ましげで。 家でゆっくりと過ごすクリスマスも良いけれど、たまには賑やかなクリスマスもいいか。いつもはしないこともしてやろう。 そう思って雑貨店に向かい、パーティーグッズコーナーでサンタクロースの衣装を手に取ったのだった。 …それに、親子二人で過ごしていた今までと違って、今年は確実に例年よりは賑やかだから。新しく桐嶋家に顔を見せるようになった、自他共に認める熊のような男と、大人しい猫が増えた。 そうだ、あいつにでも着せてしまえばいい。真っ赤な衣装を着せたら、きっとあいつはこれ以上ない程のしかめ面になって、さぞかし似合わないことだろうな。 ―――そんな俺の思惑はさておいて、横澤が胡乱げに俺を見る。 さあ、どうやってこいつにこの衣装を着せるか。当初の『日和を喜ばせる』という目的からはズレてきているが、結果は一緒なのでまあ良しとしよう。 「折角のクリスマスだし、ひよを楽しませようと思って」 日和の名前を出せば、横澤の目元が少し和らいだ。俺同様、横澤も日和には甘い。 しかし、眉間の皺はまだ取れない。 「じゃあ、あんたが着ればいいじゃねーか。どうして俺が着なくちゃならないんだ」 確かに、賑やかしの為に買った衣装だから俺が着ても構わないのだ。俺と横澤、どちらが着ても日和は喜んでみせるだろう。 だが。 「俺が着ても、俺は面白くないからなぁ」 横澤が呆れて溜め息を吐いた。予想通りの嫌そうな顔が見れてほくそ笑んでみせれば、益々嫌そうな顔をされる。 「あんたは俺のことを玩具か何かと思ってないか」 「そんなことはないけど………ああ、そうだ」 横澤へと数歩距離を詰める。鼻先が触れそうな位に近付けば、横澤はひゅっと息を飲んで、目元を少し赤くした。 ああ、こういう分かりやすい反応をしてみせるから可愛いんだよな、こいつ。 「自分で着るのが恥ずかしいなら、俺が着せてやろうか?」 「はあっ?」 一歩後ろに退きかけた横澤の腰を掴んで、服を捲る。油断している内に一番上の一枚を剥ごうとしたけれど、袖の部分で絡まって止まって、手枷のようになってしまった。 ピクリと体が跳ねてまた一歩退こうとしたのを片方の手で抑えて、空いた手でTシャツの下から覗いていた脇腹を軽く撫でる。 「何すんだ、てめーは!」 「だって、早く用意しなきゃ、ひよが買い物から帰ってくるだろ」 顔と一緒にうっすら赤く色付いてきた首に音を立てて口付ければ、横澤の表情が歪む。 「………おい、脱がせるだけならそういうことする必要ないんじゃねーのか」 「そこは、つい」 手枷になっていたTシャツをやっととった横澤がねめつけてきた。襟首を掴まれて、仕返しとばかりにシャツのボタンに手をかけてくる。 「だから、別に俺が着なくても、あんたが着ればいいだろうが!あんたが脱げ…っ!」 「昼間から大胆だな、お前も」 「!…うるさいっ」 クスクスと笑ってみせれば、悔しそうにシャツの前を開けてくる。横澤に服を脱がされる時は、いつもこんな具合だ。照れ隠しにムキになる。 されるがままにしていると、リビングのドアからガチャリと音がした。 「ただいまー!……あれ?」 外から帰ったばかりでまだマフラーを付けている日和が、大きな目を丸くさせて、きょとんとする。 視線の先には、すっかり着衣が乱れて半裸になった俺達。横澤は、まずいものを見られたといった顔をして固まってしまった。 いつの間にか床に落とされたサンタクロースの衣装には気付いていない日和は、一体何があったのかと不思議そうだったが、暫くしてからにっこりと笑って頷いた。 「何だかよくわかんないけど、二人とも楽しそうだね!」 がっくりと項垂れた横澤は耳まで赤い。密かに震えている肩から羞恥と怒りを堪えているのが分かったが、日和の手前どなれないのだろう。 いかにも動揺している横澤を尻目に俺は、サンタクロースになるのは案外難しいのだなとしみじみ思った。 もりこ様より、トリチアか桐横でクリスマスの甘いお話というリクエストでした。 別の方のリクエストでトリチアでクリスマスの甘いお話を書いていたので、桐横を選ばせて頂きました。 仲の良い二人を書きたかったのですが…甘くなっているでしょうか;もりこ様にお楽しみ頂けたならば嬉しいです。 素敵なリクエスト有り難う御座います! 2012.02.25 |