ワインはいらない | ナノ
ワインは好きじゃない。寧ろ嫌いかもしれない。あの独特の酸味や渋味がどうにも苦手だ。元は甘くて美味しい葡萄だというのに、どうしてこんな風にしてしまったんだ。発酵させずにそのまま口に入れた方が、きっと美味しいのに。…いや、俺はワインの由縁に詳しくないので、多分保存の関係とか何とか、色々とごもっともな理由があるのだろうけどさ。
グラスに入れて飲むという堅苦しさも苦手なのかもしれない。だって俺はワインなんて柄ではないし、ワインの似合う洒落た人間じゃないし。根付いた苦手意識は益々ワイングラスと俺との距離を空け、この年になっても俺はワインを数える程しか飲んだことがない。
…だから、今テーブルにワインの瓶が置かれていることが、とても気にくわない。ちょっと瓶をつついてみたら、「危ない、瓶が倒れる」と手を掴んできたこの男も気に入らない。
「…いつまでも膨れるな」
トリが嘆息する。酒を飲んだわけでもないのに、胸の辺りがむかむかした。



このワインは、取材旅行に付き合ってくれたお礼にと、一之瀬絵梨佳からトリに贈られたものらしい。詳細は知らないけれど、きっと生真面目なトリは最初は断って、でも結局断り切れなかったのだろう。
「高そうなワインだよな」
ボトルに貼られたラベルからも、一之瀬先生は金持ちらしいという噂からも、きっとこのワインはそれなりの値段のものだと推測される。ワインに明るくない俺でも聞き覚えのある銘柄で、確か最近テレビで紹介されていた高級レストランに使われているワインだ。
かけた迷惑は一之瀬先生よりも俺の方がよっぽど多いのに、俺はトリに何も返せていないという事実。
それが、益々俺の口を尖らせた。
「どうせ俺はトリにろくに贈り物なんてしたことないし、こんな洒落たワインを贈れるセンスもないし、大体そんな気は利かない」
「…俺がお前にそれをして欲しいと望んだことがあったか?」
「ないけど」
如何にも拗ねたような声の俺に、トリが困ったように笑った。ああ、まただ。
「………そもそも何が気にくわないってさ、」
トリの顔を見上げる。思いっ切り渋面を作ってみせたのにいまいち効果はなく、トリは先程からの調子だった。
「トリがさっきからニヤニヤしてることなんだけど」
「ああ、」
指摘されて、トリはすぐに口元を抑える。俺が一之瀬先生のワインを見つけてからずっと口の端を綻ばせていた癖に、自覚してなかったらしい。
ワインの瓶一本で不機嫌になった俺が、そんなに可笑しいか。愉快か。
…いや、分かっている。俺がむかむかしている理由は、トリがニヤニヤしている要因だ。

「お前が嫉妬してくれて嬉しいから」

馬鹿じゃねーの。
つまらないことで嫉妬した俺も、こんな下らないことを本当に嬉しそうに話すトリも、馬鹿だ。
「トリのそういうとこ、むかつく」
「悪い」
「…心にもないこと言うな」
だって、お前の顔、まだ緩んでる。

悔しいことに、今俺の顔が火照っているのは、ワインのせいではない。











2012.02.15 小ネタより移動
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