「え、俺の趣味? 絵を描くこと…は、もう仕事になっちゃったから、クーラーの効いた部屋で漫画を読んでゴロゴロすることかな。 因みに冬ならコタツの中で漫画を読んでダラダラすることで」 「…真面目に答えろ、吉野。 お前は本当にこの答えを『吉川千春』先生の趣味として読者に公開していいのか」 俺がアンケート用紙から顔を上げて睨みつければ、吉野は「だって俺、趣味って言えるような趣味がないもん」とふてくされた。 確かに吉野は、仕事のない日は漫画を読んで一日中のんびりと過ごすことが多い。なので俺は、先程の吉野の答えから大幅に割愛し『読書』とだけ用紙に記入した。読書といっても吉野の場合は、一般に読書と言われてイメージされる文芸書籍などではなく漫画ばかり読んでいるのだが…嘘は書いていない。 何故俺がこうして吉野にアンケートをとっているかというと、来月号のエメラルドに作家陣のインタビューを載せることになったからだ。一ノ瀬絵梨佳や、今人気の出てきている新人作家のインタビューもあるが、一番の目玉は現在著作がドラマ化やゲーム化で話題の吉川千春大先生である。ドラマやゲームに関する質問も併せて、他の作家陣よりページを多く割いて掲載する予定だ。 吉川千春は、エメラルドの読者から作風通りの純情で繊細な女性だと思われているらしい。実際は三十手前のくせに生活力がなく、締め切り前には体にインクやトーンを付け薄汚れてボロボロな男なのだが…少女達がイメージする吉川千春像を崩さぬように、編集である俺が回答に手を加えるのもやむを得まい。ゴロゴロだのダラダラだのと書いては少女達の吉川千春像は音を立てて崩れ去る。王道少女漫画誌エメラルド編集部の副編集長としてこんな回答載せる訳にはいかないし、もし高野編集長にそれを見せれば「やり直し」と突き返されるだろう。 そもそもこのインタビュー用紙は作家に直接書いて貰うものだったのだが、吉野に「書くのめんどくさい。トリが俺に質問を読んでいって、俺は答えていくから、適当に書いて」と言われた。「自分で書け」「やだ」というやり取りを三四回繰り返した挙げ句、結局俺が折れて今に至る。 気を取り直して、次の質問に移ることにした。 「じゃあ、次の質問だ。 『吉川先生の好きな食べ物は何ですか?』」 「うーん…トリの作った卵焼きと味噌汁? そう言えば腹減ったな。トリ、後で何かご飯作って」 好きな食べ物=俺の作る料理というのは相当な殺し文句だと思うのだが、これで無意識の発言だから吉野はタチが悪い。流石にそのままは書けないので、ここでも『和食』とざっくばらんに書いておく。…このインタビューを見た少女達は、本当に吉川千春について詳しくなれたと言えるのか疑問だ。 「…次の質問。 『吉川先生の初恋のエピソードを教えて下さい』」 「……………幼稚園の頃。 可愛いと思ってた子がいたんだけど、その子はトリのこと好きだったな」 …そういえばそんな事もあったか。もう名前は忘れてしまったが、その女の子に千秋が「よしゆきくんはわたしより、ちあきくんと遊ぶほうが楽しいんだって。なんなのよもう、ちあきくんのばか!」と八つ当たりされ、しょんぼりとしていた。少し罪悪感を感じた俺がおやつを分けてやると五秒で立ち直ったが。 「次。 『吉川先生の初デートの思い出を聞かせて下さい』」 「えー、また恋愛系の質問?」 げんなりとした表情で千秋が不満を言う。 「ああ、ここからこういう質問が続くぞ。 『理想のデートスポットはありますか』 『今までで言われた中で、一番キュンとした台詞は何ですか』 『好きな男性のタイプは?』 『恋人に求める条件は?』 …今回はやけに恋愛寄りな質問内容だな」 「やっぱ、いちいち答えるのも面倒だなあ。あっ、『吉川先生はシャイなので答えられません』とかダメ?」 名案を思い付いたと言わんばかりに吉野が提案してくるが、今月の目玉作家の解答の半数が『シャイなので答えられません』だと問題があるので、即却下した。 「まだ質問残ってる?」 「あと約半分だな」 「えー、まだあるの?もう飽きたー」 そう言ってテーブルに頭を乗せる吉野は、確かに飽きたのか退屈そうだ。 「…わかった。質問数もまだ半分もあるし、続きは明日にして、メシにするか」 提出期日までまだ余裕があるし、残りは明日で終わらせればいいだろう。 やったー、メシ!と喜ぶ吉野に、思わず口元が綻んだ。 俺が料理を作っている間に漫画本に手を伸ばそうとした吉野を叱りつけ、テーブルを拭かせる。こいつのこういう所は昔から成長していない。 キッチンで鍋の中身をかき混ぜていると、テーブルを拭き終えた吉野が布巾を洗いに流し台にやって来た。 「そう言えばさ、俺からトリに質問なんだけど」 俺の隣に立った吉野がそわそわしながら言う。 「今、何か欲しいものある?」 唐突な質問に何事かと思ったが、これはもしかして、俺の誕生日の時の埋め合わせなのだろうか。吉野は、誕生日を忘れていた上に先に眠ってしまったことをしばらく気にしていたし。 「自分でも誕生日を忘れていた位だし、気にするな」と言うのは容易いが、落ち着かなそうに布巾を広げたりしている吉野を見て、少し甘い言葉を言いたくなる。 「お前」 「………ッ、もういい!」 吉野は顔を赤くして、テーブルに戻っていった。ああいう照れてすぐに赤くなるところが可愛い、と言ったら吉野は益々照れるだろう。 今晩は、質問ばかりの言葉攻めをしてみようか。今日のインタビューにはどれも割とすらすらと答えていたが、答えられなくて困る吉野の顔ももっと見たい。 …そんな邪なことを考えながら、俺はグリルの魚の焼き加減を確認した。 2011.08.23 |