大晦日とそば | ナノ
今年の年越しそばは、俺のリクエストで天ぷらそばになった。
天ぷらを揚げるトリの後ろから「うまそう」とか何とか茶々を入れる俺に、トリは「危ないから大人しく座って待ってろ」と言う。ガキ扱いすんなよ…と思ったけれど、確かにやっていることは料理中の母親に纏わりつく子供のようで、言い返すことも出来なかった。せいぜい膨れっ面をしてみせる位である。ああ、そうだよ。どうせ俺がキッチンに居ても邪魔になるだけですよーだ。
そんな俺を見て、トリは「もうすぐに出来るから、箸でも並べとけ」と微苦笑を浮かべた。……やっぱりガキ扱いしてないか。



そばは直ぐに平らげてしまった。
空になった椀を片付けて、リビングのソファに二人並んで腰掛ける。何を話す訳でもなく、ぼんやりとテレビを眺めていると、その内に除夜の鐘が聞こえ出して、テレビの中でアナウンサーが「今年も残り僅かとなりました」と言った。

今年もあと、ほんの少し。
いつも目の前のことに手一杯だった一年間が間もなく終わり、また新しく慌ただしい一年が始まるだろう。
嬉しかったこと、悔しかったこと。
やってみたかったこと、けれど出来なかったこと。
可笑しかったこと、悲しかったこと……幸せであること。
…それらを思い返していけば、過ぎていく年を名残惜しく感じた。

「今年も色々あったなぁ」
俺の呟きに、トリが「そうだな」とやけに神妙に頷く。
「デッド入稿が十回。その内、丸川に缶詰めする羽目になったのが二回。そして、体力を使い果たしたお前が玄関やら廊下に転がっていたのは、締切が明ける度に毎回だ」
「……振り返るなら、もうちょっと楽しい思い出にしない?」
「ここまで毎月何かしらのアクシデントが起きて修羅場続きになると、いっそ愉快な位だ」
重々しく溜め息を吐くトリは、来年も似たようなことになると予感しているのだろう。締切に関しては九割方俺が悪いので、返す言葉もない。
…けれど、俺はトリの言い分に頷けなくて、首を傾けた。
「……修羅場が楽しいなんて、やっぱトリってM……?」
「………………」
ぼそぼそとした俺の独り言は、しっかり聞こえていたらしい。一年分の文句と不満が込もっているかのような睨みをよこされて、たじろいだ。
「ウソです、冗談です!そんな怖い顔すんなってばー!」



―――次の年の瀬もきっと、こいつの顔を見ながら、そばを食べているのだろうな。
こんな風にくだらない話をして、時々はトリが顔をしかめても、最後には笑って。
そうだったら、いい。



「トリ」
ソファの上に正座をして、姿勢を正す。ふかふかと柔らかい布地の上では正座し難いことこの上ないけれど、少しだけ我慢だ。
「ん?」
「来年もよろしくお願いします」
急にかしこまってお辞儀をする俺に、トリもふっと笑みを零してから返した。
「こちらこそ」



これからも末長くそばに居られたらと願いながら、新しい年を待つ。











2012.1.11 小ネタより移動
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