君の話 | ナノ
「羽鳥さんって格好良いよね」

まだ原稿用紙に手を入れ始めたばかりで余裕のある吉野の仕事場で、アシスタントの理恵が枠線を引きながら言った。口を動かしながらも均一な太さの線を引くその顔に照れはなく、単に事実をそのまま口にしたようだ。口調にも色恋の要素は浮かんでいなくて、羽鳥のことを格好良いと言ったのは、彼女にとってはテレビの中のアイドルや俳優を見て「あら格好良い」と感心する程度のことらしい。
「だよね。私達がアシに入るのはいつも修羅場近くだから、疲れた顔ばかり見てるんだけど…その疲れた顔も、あの年代の男性特有の色気があるっていうか」
答えたのは、晴香だ。此方も口を動かしながらも、背景の下書きを休むことはない。
「背も高いし、物腰も丁寧だし。ちょっと朴訥だけど、誰に対しても真面目で優しいし」
「私達アシスタントにもよく差し入れくれるしね。気遣いの出来る男って素敵だよねぇ」
「………あのさ、二人共。さっきからトリのこと褒め過ぎじゃね?」
それに口を挟んだのは、現在この仕事場に居る唯一の男である吉野だ。突然の不機嫌そうな声音に、理恵と晴香が一体どうしたのかと顔を上げる。
因みに吉野は今、一度オーケーされたネームを見直していて、「何か気に入らないから、やっぱり直そうかな」と思案中なので、手元は全く動いていない。このまま彼がネームの描き直しを決行すると言い出した場合には、今回は折角余裕があったと云うのにまたしてもデッド入稿となることが確定するので、アシスタント達は『どうか今のネームで納得してくれますように』とこっそり念じている。
「あいつ説教が本っ当に長いし、嫌みを言い出せばネチネチネチネチ止まんないし」
シャープペンシルをぐっと握り締めて吉野が反論したが、晴香と理恵が「それは先生限定でしょう…」と声を揃えて言えば、唇を尖らせて黙ってしまった。
「あ、あの…。羽鳥さんも格好良いんですけど、私は柳瀬さんも格好良いと思います」
おずおずと口を挟んだのは、密かに柳瀬を慕う希美だ。最年少の彼女は、吉野やアシスタント達の間では妹のように可愛がられている。頬を染めて俯く希美を微笑ましく思いながら、吉野が大きく頷いた。
「ああ、分かるかも。綺麗な顔してるけど中身は結構サッパリしてて男前な所があるっていうか。仕事面でも友達としても、いつも助けられてる」
「ですよね、柳瀬さんって格好良いですよねっ?」
「うん。あんな良い奴なかなか居ないって」
盛り上がる二人を見て、残る二人の方こそ微笑ましく思っているのは内緒だ。
何故か機嫌を良くした吉野が言う。

「トリなんかさ、デカい身体してる癖に度量が狭い所があるしさ。
確かに気遣いの出来る奴なんだけど、神経質気味でもあるから細かい所とかが一々目に着いちゃって、それで小言が多いんだよなぁ。お前は昼ドラの姑かっての。指摘してくるポイントがまた一々細かくて厭らしいんだよ。
折角格好良い顔してるっていうのに、いつも眉間に皺寄せてしかめ面ばっかりしてるから分かりにくくなってるしさ。滅多に見れないけど、笑えば目尻とか可愛く見えるのに、本当に勿体無い。
優しいってよく言われてるし…その通りなんだけど…誰にでも優しくするから、それを勘違いした女の子によく好かれちゃってさ。毎回困った顔して断る羽目になるんだから、どうにかしろよっていうか、やきもきしてしまうというか…うーん、まあ、そういうとこがトリらしいんだけど。
それから………」

『…………………』

「ん、どうしたの?みんな」
「……いえ。羽鳥さんって愛されてますね」
「だよねぇ」
うんうんと頷く三人に、吉野が目を見開く。
「はぁっ!?何でそうなんの?俺、今、トリのこと貶してたんじゃんか」
「貶しきれてません。褒めてましたけど…」
「だよねぇ。無自覚にノロケてんだから。まあ、そこが先生が天然たる所以なんだけど」
「え!?…何なんだよ、もう…」
「…何なんですかと言いたいのは此方というか…本当、御馳走様って感じです」
「…はぁ…?」
今度はやれやれと首を振ってみせた三人に、吉野は戸惑うばかりだった。
理恵が「ああ、そうそう、」と呆れ混じりに付け足す。
「一応言っておきますけど、私達は羽鳥さんに惚れたりしませんから。先生は安心して原稿続けて下さいね。ほら、原稿遅れたらまるで昼ドラの姑の如くネチネチと厭らしく怒られるんでしょう?」
「だから、さっきから何なんだよ、みんなぁ……」

吉野の呟きを最後に聞き流してから、アシスタント達は手元の作業に集中することにした。











実のところアシさん達がトリチアユウのことをどう思っているのか気になります…
2012.1.11 小ネタより移動、一部加筆修正
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