流星 | ナノ

「流星を見にいこう、葉月!」

私の部屋に入ってくるなり、真夜中だというのにはた迷惑な大きな声で小太郎はそう言った。
静かにしろとたしなめると、俺はちゃんと屋敷の他の者を起こさないようにこっそり来たのにと口を尖らせる。しかし先程ドアをバタンと大きな音を立てて入って来たり、今も声を抑えてもいないのに、小太郎は果たして本当に『こっそり』出来ていたものか怪しい。現に小太郎に強引に引っ張られて誰も居ないはずの勝手口に向かえば、「お気をつけて」と寝間着姿のお手伝いさんに見送られてしまったし。
……小太郎、あなた絶対にこっそりなんて出来ていなかったでしょう。というか、する気もないんでしょう。
けれど溜め息と苦笑で許せてしまうあたり、屋敷の者も私も小太郎には甘すぎるのだ。

屋敷を出て、この近辺で一番見晴らしの良い丘を二人で目指す。小太郎は時々空を見上げながら、私はそんな小太郎がこけてしまわないかはらはらしながら、ゆっくりと歩を進めて行く。
途中の小川を越えた辺りで、小太郎が口を開いた。
「家庭教師のセンセイが言ってたんだけど、今夜は流星群が見れるんだって」
「流星群?」
「知らないのか、葉月。流星群ってのはなあ…」
「いえ、流星群は知ってますが。それを見てどうするんですか」
「ええっ!?」
前を歩いていた小太郎が突然振り返って、驚きで見開かれた丸い眼を星のようにぱちぱちと瞬かせる。
「どうするって、願い事を言うんだよ。流星が消えるまでに三回願い事を唱えられたなら、その願いは叶うんだ。どうだ、すごいだろ!」
別に小太郎がすごい訳ではないのに、得意げに小太郎は言う。そういえばそんな迷信を聞いたこともあったな。この世間知らずのおぼっちゃまがいかにも食いつきそうな話だ。
「お前も流星を見たら願い事言ってみろよ。きっと叶うから」
「願い事ねえ。小太郎は何を願うつもりなんですか?」
「俺?そうだなー、何にするかな。あっ、あんみつのプールに入りたい!カキ氷の海よりもっと甘そうだろ?名案だ!」
――こんな趣味の悪い願いを聞かなければならない夜空の星と、小太郎の残念な頭の中が少し憐れに思えた。
「お前はないの?願い事」
「そうですね。こんなくだらないことに付き合うのは時間の無駄なので、とっとと帰りたいです」
「えーっ、まだ流星いっこも見れてないのに帰れねーよ。…それにしても、さっきから空見上げてるのに、ひとつも流星が見られないなんて。俺、センセイに騙されたのかなー…」
ぶつぶつと言いながら小太郎はまた空を見上げて歩き出す。
不意に、その背中がぐらりと傾いた。足元は小川に面した傾斜地だ。

「うわっ!?」
「危ない!」

とっさに小太郎の手を引いて、その薄い体を抱き込む。そのまま地面にドサリと転がったが、私を下敷きにした小太郎に怪我はなさそうだ。人の上で馬乗りになりながら、心配そうに顔を覗きこんでくる。
「悪い、葉月!お前は怪我は……」
「私には痛覚はありませんから。ほら、早くどきなさい」
しかし、どくどころか小太郎はピタリと動きを止めてしまった。かと思うと、何故か悲しげに眉を下げる。
「お前が痛いと思わなくても、お前がどこかを傷めたら、俺がいやなんだって」
小太郎がそっと私の頬に触れる。白く細い指の先に、私から流れた汚い色の油が付いた。どうやらさっきどこかにぶつかって頬を切ってしまっていたらしい。全く気が付かなかった。
「……朝になったら、黒田に連絡して治させるぞ。まだ四百万払い終わってないのにとか言われそうだけど、そもそも四百万が高すぎるんだって文句を言い返してやる」
「小太郎」
彼の白い頬に私もそっと触れてみる。小太郎の目から大粒の涙がぼろぼろと零れているからだ。
「なんで泣いてるんですか」
「っ、わかんねーよ!」
そう言って小太郎は私の胸に顔を埋めてきたので、なだめるように背中をぽんぽんと叩く。もともと感情の起伏の激しい人ではあったが、ここまでひどかっただろうか。一年前より背は高くなっているのに、子供のようなことばかり言うから危なっかしいのだ、小太郎は。

願いなら、私にだって無いことはない。
―――――このまま時が止まればいいのに。
自分が人工物であることを実感し、小太郎の成長を見るほどにそう思ってしまう。私はモノとして朽ちていき、小太郎は人間として老いていく。どちらが先にこの世から去るかはわからないが、おそらく既に一度壊れた私の方が先だろう。
ずっと今のままでいられるはずがない。だからこそ、ずっとこのままの私とあなたでいられたらと願う。それほど今が幸せだ。

…どれくらいこうしていただろう。することもないので空を見ていたら、光が走る軌跡が確かにあった。
「あ、」
「………なに」
赤い目をした小太郎がようやく顔を上げる。私は慣れない得意げな顔を作って言った。
「流星。今、ひとつ見つけましたよ」

わかっている。止まらないから、今このときがこんなにも大切に思えるのだということも。











2013.12.1
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -