生徒Yの慕情


ベッドの上でうつ伏せになり、足をばたばたと揺らす。
ギュンターから渡された今日の宿題は、児童書の中の一話を読み切っておく事。比較的簡単な魔族語で書かれてあるはずなのに、眠さも手伝ってかなかなか読めない。


「うー…なんだこれ…」


自然と口をついて出る唸り声に、後ろで小さく笑う名付け親にさえ腹がたってきた。

助けてもらおうと振り返ると、コンラッドは見慣れないものをつけていた。


「あれ、コンラッドって目悪かったっけ」


コンラッドが、眼鏡をかけている。

薄い銀縁のそれはギュンターのものと似ていた。
彼は読んでいた本から顔を上げて、指先で眼鏡をくいと押し上げる。


「いえ、目はいい方ですよ。ただ、読書をする時はこの方が見やすいので」

「へー…」


床に足をつけ彼の方に向かって歩くと、彼は持っていた本を机に置く。
腰をずらして空けられたソファの上に、両膝をついた。

なんだか不思議な気持ちで、彼の顔をじっと見る。
するとコンラッドは頬を緩め、苦笑した。


「似合っていませんか?」

「いや、似合ってるよ。っていうかあんたみたいな人は何してもかっこいい」

「ありがとうございます。では、なぜ」

「…なんか、眼鏡かけたら若く見えるよ、コンラッド」


どこかの大学生のようだ。

普段も、いかにも軍人っていうような雰囲気はないけれど、眼鏡をかけたら彼の理知的な面が強調されているような気がする。


「そういえば、コンラッドって勝利とあんまり歳変わらないんだよな」

「見た目はそうかもしれませんね。まだ若いって言ってくれますか?」

「なにそれ」


彼の言葉に吹き出すと、彼は俺の額に唇を落とした。

かしゃり、と眼鏡が音をたてる。


「どうしたの」

「眼鏡、邪魔ですね。キスする時は」


少しだけ困ったように言う彼が可愛くて、俺は手を伸ばした。

細い銀色の縁を掴み、彼の耳から眼鏡を外す。ひやりとしたそれを折り、背中を伸ばして彼にキスした。


「じゃあ、眼鏡外そうね」


上目遣いに彼を見上げて言うと、彼は一瞬だけ目を丸くした。


眼鏡をかけている男には色気を感じる。

どこかで聞いた事はあったけれど、まさかそれを体感するなんて思ってもみなかった。

小道具ひとつで、彼はぐっと色気を増したのだ。理由は分からないけれど。


「眼鏡、かっこいい」

「眼鏡が、ですか?」

「もちろん、眼鏡かけてるコンラッドがかっこいい」


鼻が触れ合う距離で低く笑い、自然と潜められた声で囁いた。


「かっこいいから、心配」

「なんで」

「モテちゃうだろ。女の子にも、もしかしたら、男にも。この前、兵士の方がコンラッド見て顔赤くしてたんだけど」

「まさか」

「この国じゃ、同性愛は当たり前なんだろ。…別にいいけど」


彼のシャツをぎゅっと握ると、なんだか自分が酷く子どもっぽく思えた。

まるで駄々をこねてる子ども。眼鏡をかけた彼に、いつもとは違う雰囲気を感じたから。


「俺は、貴方の方が心配ですけどね」

「なんで!俺はモテないし、顔も普通…と思いたいし」

「貴方を見る兵士達の顔、給仕達の顔、何度貴方を閉じ込めてしまいたいと思ったか。俺だって、妬きますよ。だから、謝らなければならない事が」


彼はいたずらっ子のように、少しだけ口角を上げた。

なに?と首を傾げると、コンラッドはじっと見つめてくる。
その射抜くような甘い目に、胸がときめく。




「貴方にと渡されたお手紙を、七通程燃やしました」


「………はい?」


口を開けて言葉をなくす俺を見て、コンラッドは子どものような表情で笑う。

先程までとはがらりと違う、見た事ないような彼の顔。

褒めて、とねだるような顔で彼は甘い声で囁いた。


「だって、嫌だったから」


優しく深く、かぷりと唇を啄まれる。

薄い舌が口内に侵入してきて、引っ込む舌を絡めとった。


「んっ…はぅ……ふ、」


ぢゅっ、と音をたてて舌を吸われて、歯列を丹念になぞられて。
零れ出る嬌声さえも飲み込まれて、伝う銀糸を首筋から舐め上げられて、体を震わせながら快感に溺れる。

大人の男の舌使い。

べろりととろけきった唇を舐められて、すっかり体の力が抜ける。

彼の肩に頭を預けて浅い呼吸を繰り返すと、彼は思いついたようにソファに落とされたままの眼鏡をかけた。


「なに、どうしたの」

「参考書と眼鏡って、なんだか学校みたいですね。いや、家庭教師かな。大学生と、高校生」


いやらしい声が耳元で怪しく響き、指と指が触れて反応する俺に、彼はくつくつと笑った。

その声にすら、嫌悪ではない鳥肌をたてる俺の体は、心底コンラッドの声に弱いのだと思った。

耳に軽く歯をたてられて声をあげた俺に対して、コンラッドは甘く低い声でそっと耳打ちする。


「これ以上は、まだ早い。でもいつか…教えてあげますね」





もちろん、二人っきりの夜に。





眼鏡をかけた愛しい先生に、俺は何を教わるのか。

想像して顔を赤らめた俺に、眼鏡を外したコンラッドがそっとキスしてくれた。




あ、やっぱりかっこいい。


end








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