別れてよ!


目を開けて、げんなりする。

最初に見たのはやっぱり彼の顔で、あからさまに不機嫌な表情をした俺を見て彼は本気で憎たらしい爽やかな笑顔を見せた。


「おはようございます、ユーリ」

「…おはよう、コンラッド。悪いんだけど、名前で呼ぶのやめてくれない?」

「いやです。貴方のその不機嫌なお顔を見なければ、俺の一日が始まらない」

「じゃあ、笑う」

「朝から貴方の笑顔を見れて光栄です」


かなり性格の悪い言葉に絶句すると、彼は俺の額に唇を落とす。
本気で苛ついて、手のひらで額をこすりながら彼を睨みつけた。


「今日こそ、別れてよ!」


訴え虚しく、彼は本日二度目の拒否を吐いた。









今日の仕事も終わり、夕陽が差し込む自分の部屋で夕食までの時間を潰す。

椅子に腰かけ、だらしなく机に頬を預けて瞳を閉じていると、ノック音が聞こえた。




分かってしまう、やつだ。





「失礼します、ユーリ…」


寝てると思うなら帰ればいいのに、彼の足音は止まらない。

彼が笑った気配がして、頬にキスされた。



付き合い始めのような、ただただ優しいキス。




「…分かってるだろ」


体勢を崩さないまま苛立つ言葉を吐き出すと、彼は含み笑いの声で、ええ、と言った。


「俺さ、あんたと別れたいんだよ。もう俺は、ここに来てすぐ位の感情をあんたに抱いてないし、これから抱こうとも思ってない。あんたはさ、酷いやつだから」


顔を上げて、彼の顔を見つめた。

かなり酷い事を言っているのに、コンラッドは何もかも分かっているというように、ただ微笑んでいる。


「付き合ってた時、あんたは俺の傍にいなくても平気だったろ。人の気も知らないで」

「貴方が幸せならば、俺はそこにいなくてもいい」

「ほら、それだよ。その考え方が、俺はだいっきらいだ」


どれ程、俺がコンラッドを必要としていたか。
裏切られたという思いを振り切り、信じ続けた。

何か事情があるんだ、と思った。生きているだけで、十分だったから。


「あんたは自分勝手なんだ。俺の幸せだけを願ってるだろ、あんたは俺が大好きなんだろ」

「ええ、ずっと」

「だから俺は、あんたの気持ちに答えられない。もう、コンラッドを好きになってあげない」


唇を噛みしめて、唾液を飲み込んだ。熱を持った頬を、彼の指先が滑る。


「コンラッドの爽やかな笑顔も、甘い声も、大きい手のひらも、逞しい背中も、…俺を好きだっていう気持ちも、いらない。あんた見てると、心臓がぎゅーぎゅーするし、頭がちかちかするし、居心地悪くてそわそわする」

「…ああ、それって」


ふわりと、彼は目を細めた。

大好きな、大好きだった、銀の星が散る瞳。

彼の指先が俺の顎を捉える。振り払おうにも、俺の体には拒否権がない。


まだ、俺の体は。



啄むようなキス。唇を離して、彼は何故か嬉しそうに、はにかんだ。


「それって恋ですよ。間違いなく」









「……………はあ?」









頭を撫でられる。
彼の笑顔にさえ、苛立ちを覚えるのだ、まさか、そんなはず。

絡められた指先をぎゅっと握り返し、にこにこと口元を緩める彼を睨んだ。






「もう、別れてよ!」

「いやです、愛しています」


end








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