リビドー


ぐだぐだに酔っぱらって帰ってきた恋人は、俺を見て一番に無邪気に笑った。



長い足はふらついてこそいなかったが、鎖骨が見えるほど緩められた襟元がらしくもなくだらしない。
ソファに足を投げ出して座る俺の首に腕をまき、耳元で含み笑いを零した。


「らしくないなあ。どんだけ飲まされたんだよ」

「それほど…ああ…やっぱりいいですね…落ち着く、眠たい…」

「ちょー、コンラッド!何食べようとしてんだよ!いたい!痕残るんだから噛むなってばばか!」


眠たいと呂律のまわらない口で言いながら、その歯を首筋に突き立ててきた。
歯の力は酔っぱらっていながらもさすがというかセーブされてるけど、体質的に痕が残りやすいのだ。

肩をおしながら距離をとっても、今日はしつこく反対側の首筋を撫でてくる。
指先が動脈を辿り、鎖骨の窪みをこりこりと弄る。また顔を寄せてこようとして、乱れた前髪のかかる額を押し返した。


「酔っぱらいは寝てくださーい」

「もうすこし、いちゃいちゃしてもいいじゃないですか…」

「腰たたなくなるからだめ。明日は昼からだけど、午前潰れたら困る」

「誰もセックスしようとは言ってませんけどね。でも、お望みならば」


そういいながら、コンラッドは緩く腰を動かした。
俺の腹をまたいで覆いかぶさり、最初から深く舌を絡ませてくる。

パジャマの薄い布越しに形をおしはかろうと下半身を動く手を払い、素直に舌を絡めた。耳の軟骨や耳朶まで弄られて、ぞくぞくと背中が粟立つ。
大きな手のひらで耳を塞がれると、いやらしい水温が響いて鼓膜さえも犯される。


「…っ…はぁ…しないから。今日は」

「おや…」

「でも一緒に寝てあげる。あ、でもシャワー浴びてきて。くさい」

「男の匂いですよ」


先日の情事の時の軽口を言って、彼は立ちあがって浴室へと歩く。


「あー…駄目みたいです。今日は、使いものにならない」

「だからいいって。服脱げるのかよ。脱がせてあげようか」

「ぜひ、次の機会に」


長兄に似て決して軽はずみな行動や軽い言動はしないはずのコンラッドが、ふにゃりふにゃりと口先ばかりの言葉を発する。


それがなんだかとても可愛くて、思わず世話をやいてしまうのは惚れた弱みだろう。

シャツの釦をすべて外してベルトにてをかけるコンラッドの後ろから、そのシャツを脱がせていく。


「かなり飲んだだろー」

「ヨザックがですね、ユーリにこれを、なんて言うものですから」

「俺飲まないよ」

「ええ。でも、一口だけでも」

「あんたとヨザックが協力するときは、非常事態か何か企んでるかどっちかだ。変な薬でも入ってんじゃないだろうな」

「それも考えましたが、今回は何も」

「だめ、だめ。さっきのキスでちょっと酔った。もうだめ」

「嬉しいな」

「はい、冷えるからー…って、なんだよこれ」


シャツの下からあらわれた逞しい背中。

無駄なものなんてなんにもない、均整のとれた筋肉はヨザックのものとは違う美しさがある。筋肉信奉者の俺としては惚れ惚れする。斬り傷や刺し傷、目を背けたくなるような傷痕が残った背中だけど、俺はもうこれを怖いなんて思ったりしない。



何度も目にして、何度も触れた。大きいものなら、場所も言えるくらい。

だけどあまり冷静に見たことは実はなくて、手をついて顔を寄せて確かめるみたいになぞったのは今日が初めてだ。
いつもは、ただその皮膚にすがって指をたてるだけだから。


「なんです?」

「んー…いくつもひっかき傷みたいなのがある。なっがい爪でひっかいたみたいなの…」

「ユーリでは?」


首を振った。
俺の爪は当然ながら短く切ってある。コンラッドの爪も短い。二人とも長くするメリットはない。





背中の中心より少し上から、脇腹に向かって細く。


先日つけた俺の爪痕より、若干下だ。






なぞって、気づいた。









「…これ、本当のひっかき傷なんだけど」




コンラッドにすがって、快感に我を忘れて、背中にまわした手で爪を立てた、"痕"だ。





「俺、今日はここで寝ない。ヴォルフと寝るから」

「貴方のことが好きな男のところへ、俺が寝かせに行くと思いますか」

「知らねーよ!あんたが先に浮気したんだから!」

「浮気?背中のひっかき傷…ああ、ユーリ、それはね、多分」


抵抗虚しく、コンラッドの裸の胸におさまる。
押し返そうとしても力の差はどうしようもなくて、パジャマの裾から手が侵入してきた。


多分人差し指で背骨をなぞられ、コンラッドの背中に残る浮気の証と同じ場所に爪を立てられた。
ちくりと傷んで、ぞくぞくっと首筋に鳥肌がたつ。


「ここでしょう?…昔の女がつけた痕ですよ」


不意に力が抜けて、大きな手が脇腹に妖しく触れた。
腰骨の下までパジャマをずり下げて触ってくるもんだから、膝が揺れて思わずコンラッドの腕をつかんだ。


「やめろっ」

「そんな傷より新しい傷を見てくれませんか。どんどん増えてうれしいんですよ」




そこは、困ってる、だろうが。




いつもより熱い肌に触れて、情けなくしなだれかかり甘えてくる恋人も珍しい。


明日にはきっと好青年の仮面をつけて、「おはようございます陛下」なんて言うんだろうから。
ずるいことに、夜のことなんて覚えていないみたいな顔をして。





だからこれは、嫉妬なんかじゃない。


明日朝起きて、言い訳なんてできないようにいっぱい痕をつけてやる。





俺は緩く腰を擦り付けて、頭をかき抱いて溺れるようなキスをせがんだ。


end













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