ワンダフルデイズ


校舎と校舎を繋ぐ屋外の渡り廊下。
上履きの音は秋風に消えていき、俺はぼうっと空を見上げた。手すりを握ってぶら下がるようにすると、仰け反らせた喉を風が撫でていく。


「自主退学なんだってー」

「あー…」


妙に間延びした語尾のままの、頭の後ろの二人の会話。遠くでは部活の声がする。

吹奏楽部の何かの楽器の重たい音。
それら全ては当たり前のように現実的だ。


「机ないの気付いた?」

「あー…うん」

「…ちっときついな、あれ」

「うん」


短くうった相槌に、言葉は続かなかった。
膝をおって手を離して座り込むと、中庭の枯れ木が見える。



最後は最悪だった。



非現実的な光景に、学校という枠は不似合い過ぎた。
彼女を包むセーラー服は、最強の防御であったはずだった。

彼女は、守られるべきだった。



「俺、なーんもできなかったよ」

「俺なんて、…いろいろ」

「みんな、なーんにもできなかった」


地面についた手のひらから、セメントの冷たさがじんわりと染みこんでくる。


この手は、彼女をどうしたかったのだろう。



彼女には、夢があった。

学校からの帰り道、白い息を吐きながらまんまるの頬をわずかに染めて話してくれた。
俺はウインドブレーカーに顔を埋めながら彼女を盗み見して、ぼんやりと思っていた。
俺はきっと、彼女が夢に向かう姿を見届けるのだろう、と。


「俺さあ、あいつのことさあ…」


聞こえた告白にも、もう諦めが滲んでいた。



もう分かってる。


どうやったって、俺たちはなにもできなかった。






────────────






汗で滑る手で逞しい背中にすがりつき、弾力のある肩口に噛みつく。
なだめるような低い声を無視して、背中がシーツから浮く程抱きついた。

まわされた手に腰を引き寄せられて、繋がりが一層深くなる。
ぐちっとか、ぶちゅっとかいう音が耳さえも犯してくるのに、それに加えて耳朶を噛まれたらたまらない。じん、と熱をもつ噛み跡に熱い舌を這わされて、もうどうにかなっちゃうんじゃないかってくらい。

力強い腕はシーツに沈むことを許してくれず、激しくうちつけられる腰から逃れられない。


「はなし、っ…!っふ、」

コンラッドの膝の上に座るような体位に、もう彼に抱きつくしかなくなる。

少しだけ湿った柔らかい髪の毛をかき抱いて、ただひたすら与えられる快感から逃れようのキスをねだった。


「きすっ、しろ…!こんらっど、もう…」

「…した、だして」


片手で首筋を撫でられて顔をあげると、間近にある顔が唇を歪めた。
涙を流し目を赤く染めて、いき過ぎた快感に溺れている俺はどう映っているのだろう。

震える舌先を出すと、コンラッドは食いつくように熱い舌を絡めてくれた。


あつい、あつい。内側から溶けていくみたいだ。
俺も必死にあつい唇をおしつけた。

口内をも犯されて、下から突き上げられて、俺は彼の肩口にただ爪をたてるだけだった。







静まり返った闇の中でシーツにくるまって、眠っているのか起きているのかも分からない。

額を撫でられてベッドが浅く沈むのを感じ、ごろんと寝返りをうった。
折り曲げられていた膝に頭をのせると、コンラッドは静かに笑った。


「今日の立ち番はヨザックでした」

「帰ってきてるんだ…ってか、やば」

「うまく口止めしておきますよ。貴方の可愛らしい声を聞かれたことは癪にさわりますが。寝る?…それとも、お話しますか」


全く、この男は勘がいいというか野性的というか。

緩く唇を噛んで、喉の奥から込み上げてくる何かをせきとめた。






─────────────






愛する人が、いつになく小さく見えた。

何かを振り切るかのように笑い、「なんでもない」と誤魔化そうとする。
いつもより体温が高く、それがより幼く見えさせた。





「俺が、俺じゃなかったらいいのにって、時々、おもう」





彼は俺の腹に顔をうずめ、背中に手をまわした。
軽く頭をすりつけてくる。



貴方が貴方ではなかったら。


ユーリではなく日本人ではなく、野球好きではなく少年ではなかったら。

そうしたらきっと、自分も自分ではないけれど。



俺も時々そう思う。

そうすれば、そうだねなんて、一緒に悩めたのにな。


end









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