スターダスト


※ 地球設定です。








よく、「あなたとわたしだけの世界」ってフレーズがあるじゃん。


あれってどうなんだろうね。


ううん。所有じゃなくてさ、世界に二人しかいないの。真っ暗い中見えるのが、お互いだけ。



狂っちゃうよね。




────ああ、そんなの願うやつなんて、もう狂ってんのかな。






────────────






玄関を開けると、そこは真っ暗闇だった。
壁に手を這わせて、玄関の明かりのスイッチを探る。ぱちん、と押すと、狭い玄関には見慣れた革靴が揃えて置かれていた。


「コンラッド?いるの?」


短い廊下の向こう、磨り硝子の扉を隔てたリビングはまた真っ暗で、いるはずの名前を呼んでも返事すらない。

名前を呼びながら、ドアを開ける。
無機質な音と共に明かりがつくと、ソファに座る彼は何事もなかったように顔をあげた。


「おかえり、ユーリ」

「ただいま…って、電気もつけずに何やってたんだよ。ご飯は食べたの?」

「ああ、作っておきましたよ。帰りが遅かったので洗濯はできませんでしたが、明日やっておきますね」

「うん、…それはいいんだけど」

「だめだったよ」


彼は微笑んで、目を伏せた。


「ごめんね、ユーリ。貴方に迷惑だけは、かけたくないのに」

「…迷惑とか、思った事ないから。いいよ、またがんばればいいんだから」

「俺はなにもできないね」

「ちがう。あんたは、なんでもできるんだ」


優しくて、顔もよくて、家事もできて、気のきいた事もさらりと言えるし、頭もいい。前の仕事柄、一度覚えた事は頭から身体から抜けないらしい。



───彼は、コンラッドは、なんでもできる。


ただ、自分のためにはなんにもできない。









向かい合って座り、コンラッドの作ってくれたご飯を食べる。
俺なんかにはよく分からない名前の料理を作るけど、コンラッドの作るものは不思議な程美味しい。

語彙力がないせいで「うまいうまい」とだけ繰り返す俺を、コンラッドはとろけそうに優しい顔で見つめる。自分は、俺が注意しないと箸を持つ事すら忘れるくせに。


「これ、美味しいよ」

「よかった。作った甲斐があります」

「食べてみて」


大皿にのった白身魚。綺麗な色のソースがかかったそれを切り分けて、空のままのコンラッドの小皿にのせる。


途端に、言葉をなくす。
喉仏が上下して、銀の散る瞳がゆっくりと瞬きした。


動かないコンラッド。
いや、…動けないのだ。食べなくても、誰も困らないから。


だから俺は、箸でそれをつまんだ。
ソースをつけて彼の口元に持っていき、薄く開いた口の中へと運ぶ。じれったい程ゆっくりと咀嚼するのを見届けて、息をついた。


「…おいしい?」

「われながら、とても」


俺たちはもう、こんな事を何年も続けてる。






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徐々に鮮明になっていく視界は、ベッドサイドのランプの橙色に染められる。
まだ虚ろな頭で焦点を合わし、すぐ近くに大きな背中を見つけた。
ランプは眠りに身を委ねる前に、何もかもが見えることが恥ずかしいと恥をかき捨て頼んだそのままだった。


「…コンラッド……」

「ああ…起こしてしまいました?」

「眠らないの?…ねむれない?」

「いいえ。少し、ぼーっとしていました。すぐに眠るよ、ユーリ」


彼は生理的欲求さえも享受できなくなってしまったのかと、一瞬心臓が大きく跳ねた。

苦笑しながら額を撫でられて、続く否定の言葉に息をつく。光を背にうけた彼はなんだか暗く、笑みさえも寂しく見えた。


「物足りない?」

「え?」

「いや、俺は何度もその…だす、けどコンラッドは…今日は二回、だよね…。悶々としてるんだったら、…たすける、し……なんだったら一人でしてきても俺は…」

「あの、ユーリ?勘違いです、俺は別に悶々としているわけでは。だからその手はやめましょう。ね、その手の方が色々と、」


焦ったように俺の手を掴んで、コンラッドは少しだけ笑った。

無意識に動かしていた手を引っ込めようとしたら、視線がぶつかってタイミングを失ってしまった。
訪れた沈黙に、どちらからともなく唇を触れ合わせた。眠ってどれ位経ったのか定かではないが、その柔らかさにおよそ数時間前の熱が腰を痺れさせる。


「ごめんね、ユーリ」


言葉を発する前に、また唇が塞がれる。
今度は舌を絡められて、ひとしきり酔うようなキスをされた後は唇が痺れる感覚に陥った。


「貴方が好きなんです。けれど、俺では貴方を幸せにはできない。貴方に心配ばかりかけて、情けないところばかり、見せてしまって、」

「俺もあんたが好きだから。全然、苦にも思ってないんだよ、コンラッド。あんたが謝る必要なんて」

「…別れましょうか、ユーリ」

「……は、…っ、冗談…」


濃い陰が降った彼の顔。
表情は見えないけれど、今だけはこの特技が恨めしく思えた。



悲しい怖い寂しい痛い…そんな負の感情を抑えこんで、コンラッドは笑うことができる。


その笑顔がたまらなく嫌いで、俺なんか必要ないって言われているようで、俺はよくやめろと怒った。


「……だめ、だ…そんなの、」

「ねえ、ユーリ」






生きにくいです。




この世界は愛しい人だけのためには生きられなくて、どうやっても朝がきて、朝食を食べるためには繋いだ手を離さなければいけないんです。


俺は貴方を見送って、ゼロだけが無駄に多い通帳を見ながら途方もない時間に責めたてられて、それでも外に出て、できるはずの行動ができない自分に苛立ち愕然とする。




世界は滅茶苦茶で、どうしても生き辛くて、でも貴方のためなら俺はなんとか生きられるんです。





貴方のために、俺は生きている。



そう勘違いしたまま、俺は貴方を愛してる。






────────────






すっかり秋めいた冷たい風が部屋の中に吹き込む。

テーブルに頬をあずけて、暮れていく外を眺めていた。
どこかで子どもの遊ぶ声がする。電車が線路を駆ける音も、秋はどこか物悲しいものに感じさせる。


時計の針は相変わらず進んでいて、いつもならここにいるはずの人の不在を際立たせた。




帰ってきていないということは、きっとうまくいったんだろう。


たまには俺が、夜ご飯を作ろうかな。





ねえ、コンラッド。




あんたは生きてるのが、俺のおかげなんて思ってるみたいだけどそんなのはきっと間違いで。



あんたは俺がいなくても生きていける。


あんたが無邪気に目を細めるのは太陽が眩しいからだし、何もしなくても薄く笑うのは風が心地いいからなんだよ。




遠くの踏切の音が鳴り止まない。玄関先で足音が遠ざかっていく。窓の外から、隣のサラリーマンの話し声が聞こえる。





ねえ、コンラッド。




俺はそれがたまらなく悔しい。



あんたが俺だけを見て、俺だけと一緒に生きてくれたらいいのに。

でもあんたは地面を踏んで、スーツを着て、きっとあんたのことが好きなあの女の子に「おはよう」なんて言っちゃってさ。





俺は、あんたがいなくても生きていけるよ。




まだ慣れない仕事に半泣きになりながら、ナイターを観てコンビニで買った弁当を食べて。普通に社内恋愛して、結婚して子どもつくるんだろうな。





なあ、それってどれだけつまらないことなんだろう。





頬をつたっていく涙はとても冷たい。


彼がいるはずの場所が今はぽっかりと空いているのに、この部屋を飛び出して探しに行くことももうできない。





ねえ、コンラッド。




俺は俺なりに、あんたを愛してたんだよ。


二人がしあわせになれなくても、そんなのいいやって笑えるくらいには。






だけど、これがしあわせなわけがない。

これがしあわせなんだったら、この世界は狂ってる。



だけどこれが正解で、これがしあわせに続くのだろう。





喉の奥が震えて嗚咽が零れ、腕を引き寄せて顔を埋めた。




あんたは泣けてるのかな。
俺のためでもいいから、泣けてたらいいのに。







しあわせなんて考えずに、あんたと一緒にいたかった。





せめて二人だけの世界だったら、俺たちが一緒にいる未来があったのだろうか。


end








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