恋に恋して、君に恋した
ユーリとコンラートが、口づけをしていた。
うだるような暑さの中、ユーリに届けるようにと兄上から手渡された書類を持ち、庭に面した通路を歩いていた。
規則正しく並ぶ柱の向こう側から、ユーリの笑い声を聞いた。
早足で駆け寄り、ユーリの黒い服の裾を見つけた瞬間。
差し込まれる夏の日差しでできた、ユーリとコンラートの影。
ゆっくりと重なり、無邪気な王の笑い声も吸い込まれるように聞こえなくなった。
動けなくなる。
それはほんの数秒で、影が離れたかと思えばまたユーリの笑い声が微かに聞こえた。
コンラートだけが柱から離れて、剣術指南があるのだろう、兵士達の声がする方へ歩いていく。
続いて出てきたユーリから逃げるように身を隠し、顔だけを出して盗み見た。
俯き、指で唇をなぞるユーリ。
ほんのりと赤く染まっている肌。高貴な黒の瞳は、コンラートが去った方向を見つめていて。
「…は、はは……」
ああ、そうか、あいつは。
ずるり、と滑るように座り込んで、低く笑った。
可笑しかった。
僕はずっと、一人で踊っていたに過ぎなかったのだ。なんて、愚かなことだったのだろう。
──────────────
ウェラー卿が、眞魔国を去った。
ユーリをおいて。
ユーリは「大丈夫」だと笑う。
怒りに震える僕の手を握りしめて、なだめるように。
けれどユーリは泣いていた。
僕が部屋を去った後、執務を終え、普段ならばウェラー卿と過ごしていた時間に。
ユーリは、静かに泣く。
それはまるで、思い出したくもない、あいつの泣き方に似ていて。
膝を抱えて夕陽に照らされる王は、触れてしまえば消えるような儚さを孕んでいた。
僕はいつだって、傍にいるのに。
全てを知ってもなお、ユーリを愛しいと思う気持ちを捨て切れない。
ユーリは、僕の事なんて考えてもいないだろう。
ユーリの中心は、いつだってあいつだった。
あいつはユーリを、心の底から愛していたのだから。
────────────
扉を叩いても、返事はなかった。
考えた末に扉を開き、中の様子を見る。
寝台の上に、ユーリは寝ていた。
音をたてないように近寄り、寝台の縁に腰をかけて睫が影をつくる目元に指先で触れた。微かに熱を持っており、薄く色付いている。
漆黒の髪をさらりと梳けば、ユーリが身をよじって口を開いた。
「……コン、ラッド……」
奥歯を噛み締め、こみあげる感情を必死に抑えつける。
なんで、なんで。
こんなにも、僕は。
「ん…あ、……ヴォルフ…?」
不意に瞼が開かれ、焦点の合わない瞳が僕をとらえた。
「ああ、そうだ」
「…どうしたんだよ、こんな時間に。あ…一緒に寝たいの?」
「違う、おまえに」
左手に持っていた包みを、ユーリの顔を見ないまま手渡す。
体をおこしたユーリは両手で包みを受け取り、不思議そうに表面を撫でた。
「え、くれるの?」
「ああ」
「なんで。前にブローチも、」
「僕がやりたいから、やるんだ。なにか不満があるのか。へなちょ、こ…」
盗み見た顔は、いつもとは違う。
言いたいことは山ほどあるのに、いつもただ嘘くさく笑うだけだった嫌いな奴に似ていた。
「ヴォルフ、俺…ずっと、お前には感謝してるんだよ。出会いは悪かった、…つーか最悪だったけど、でも俺は」
「それは僕と同じではないだろう」
吐き出した声は確かなものだったのに空中で震え、捕まえた手はあまりにも冷たかった。
いつか触れた手は温かかった。
握られた包みがぐしゃりと潰れて、形を知ったユーリはその瞳を陰らせる。
「なんで、コンラートなんだ…!あいつは、おまえを置いて似合いもしない軍服を着て、…おまえに、ユーリに、愚かな言葉を吐き捨てたんだろう!」
「ヴォルフ、あれは…」
庇う言葉はもうそれだけで充分だった。
何をどれだけ言っても、ユーリはあいつを棄てることはしない。
すぐ上の兄は、いつだって何かを持とうとはしなかった。
剣だけを握り、幼い僕にそれでも笑いかけて、戦場に赴いた。
戦争が終わりすべてを無くして、けれど本当の意味で帰ってきた時に、兄は笑っていた。
もう一度、護るべきものができたと、泣きそうに幸せそうだった。
そう考えて、どうやっても叶わない思いだけを抱いて、なんて自分は馬鹿なのだろうと喉奥で笑った。
握った手を離すと、ユーリは追いかけるように僕の手を掴んだ。
おまえを一番大切に思っているのは僕だ。
コンラートのように、離れてお前の幸せを祈ったりはしない。
泣かせない。
「泣くなよ、俺…やっぱりヴォルフのこと好きだよ。ごめん、やっぱり好きなんだ」
僕はどうなってもいいんだ。
眞王でも始祖でも、もうなんでもいいから、ユーリのことだけはどうにかしてほしいんだ。
おい。
聞いているか、コンラート。
どうにかしてやってくれ。
僕はユーリを愛しているから、ユーリの傍にいる。
お前とは違うんだ。
つまらない嫉妬に身を焦がしていたのに、僕では目の前のこいつを幸せにはできない。
もしも、もっと早く出会えていたならば、なんて情けなさすぎて泣きそうになる。
だから、コンラート。
お願いだから、もうお前に頼むしか仕方がないから。
「貴方が、」
なあ、コンラート。
「貴方が、幸せであるように」
ユーリを、護るのだろう?
end
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