こんこんと


私は自前のかんじきで雪を踏みしめた。


目視でも今日は久々に吹雪き、
渓谷は雪がのしかかるように
一面の雪だった。
水分がいつもより多いせいか、
場所によっては簡単に転んでしまいそうだ。
お布施を包んだ布をきつく縛りなおして
家へと戻ろうと思っていた。

天候のせいで木々の雪が
落ちてきやしないかと、見上げた時だった。
私の足を誰かが掴んで、
思わず声を上げてしまった。

つんのめり、膝から転倒したが
恐怖からすぐさま背後を振り返った。

誰もいない。

私は確かに掴まれた、と思って
右足のくるぶしを撫でると
小さく、すまないという声が聞こえた。
その声は潰れて掠れていた。

「だれかいるのか…?」

「…こっちだ」

驚いた事に私の顔のすぐ目の前に
手首が浮かんでいた。

「…な、にこれ…」

「大丈夫、それは…なんというか…」

そう言いかけて声の主が咳き込んだので
とりあえずその手が招く方へと進んだ。
茂みのをかきわけて膝をついた。
岩間から清水が湧き出ている縁に
彼はうつ伏せになっていた。

水が丁度彼の腕近くで
溜まっているものだから、
投げ出した腕は鳥の
大きな翼のように見えた。

しかし防寒はしているものの、
おそらくこの辺りの動物に襲われたのだろう。
血だらけで着ている服から
肌が覗くほど傷ついていた。

私はすぐに起こしては良くないだろうと思い、
とにかく上着を一枚脱いで、彼の横に敷いて、
ゆっくりその上着の上に体を乗せるよう体を動かした。
体がうつ伏せから仰向けになり、顔がよく見えた。
眉なし、痩せていて蒼白。
いや、蒼白なのは気温のせいかな。

私はゆっくり彼についた雪を払って、
傷の様子を見た。

木々の擦り傷や引っき傷もあり
肌に触れても私の何倍も冷たく
危ういと思った。

「すぐ近くに橇がある。少し待っていて。」

聞こえているかわからないが彼にそう告げて
私は橇をとりに戻った。







「…ここは」

ようやく気がついたのだろう。
彼は私が灯を灯した
囲炉裏のすぐ横で目を覚ました。
私は反対の壁際から
私の家である事を話した。

彼は暫く黙っていたが、
少しして起き上がろうとした。
当然ながら痛みが走ったらしく、
すぐさまうめき声をあげて
再び床に伏した。

「そんな傷で動くからだ。
それに血も少ないんだから動くな。」

「…。」

彼は黙ってこちらを見ていた。
手に持っていたすり鉢から
ハーブをガーゼへうつし、
そばに寄って傷口へ宛てがった。

彼はこの行為に対し、
じっとみつめていたので答えた。

「止血だ。目が覚める前に消毒は済ませた。」

「…そうか…」


この男、何故当たり前かのような態度なんだ。

すこし腹は立ったが怪我人だし、
この傷をつけたであろう
奴について私は知っているから許した。

加えてこの男はただ者ではないと思っていた。
傷のある箇所を脱がせている時、
足にただの傷ではない跡が残っていた。
まるで何か吸われた様な、とても人知を超えた
見た事のない傷跡だったと同時に
根源的な恐怖に駆られた。

なのでこの男にあまり深入りはしたくなかった。


「二三日、ここに泊まれ。」

「……。」

「この傷で出歩かれたら、また熊が暴れる。」

「…わかるのか。」

男はようやく会話を試みたのか、
きちんと言葉を発した。


「この渓谷では、どの生き物もこの時期、冬眠しない。
皆、”弁えている”から仲間内では何もしないけど、
よそ者には容赦ない。」

私は湧かしていた鍋のお湯をカップに注いだ。
蒸気が二人の間を阻んだ。


「…お前は、平気なのか。」

私はカップを両手で包んだ。
白湯ではあるが、よく味わった。

「彼らは私のことを神だと思ってる。」

湯気越しではあったが彼が初めて
表情を変えたのは心地が良かった。



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