小説 | ナノ


▽ 一人ぼっちの王子様4


 連行されたルークと亜麻色の髪の少女は一室で座らされている。
 亜麻色の髪の少女はどうやらティアというらしい。
 ジェイドやアニス、イオンは立って尋問が行われていた。それをレイは壁に寄りかかりながら聞いている。こういう場はジェイドに任せたほうがいい。
 ジェイドは眼鏡をあげて、笑う。
「……第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越えて侵入したことになりますね」
 ルークは後ろ手を組んで椅子の背もたれになだれかかる。
「へっいちいちイヤミな奴だな」
 ルークが悪態をつくとアニスが笑う。
「へへーイヤミだって、大佐」
「傷つきましたねぇ」
 とさして傷ついてもいないように茶化した。ジェイドはルークにのほうを向いて続ける。
「ま、それはさておき。ティアが神託の盾騎士団だということは聞きました。ではルーク。あなたのファミリーネームは?」
「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」
 その言葉にレイたちは驚いた。
「キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息……というわけですか」
 まさか不測の事態だったとはいえキムラスカ王室と姻戚関係にあるファブレ公爵の息子とは思わなかった。ルークの偉そうな態度にも理解した。そういう身分なら人を馬鹿にした態度を取るのも仕方がないのかもしれない。
 アニスがうっとりしてつぶやく。
「公爵……素敵ぃ……」
 ジェイドの眼鏡が光る。
「なぜマルクト帝国へ? それに誘拐などと、穏やかではありませんね」
 ふんとルークが鼻を鳴らす。
「知るかよ。お前らマルクトの連中が俺を誘拐したんだろ」
「少なくとも私は知りません。先帝時代のことでしょうか」
 ちらりとジェイドの視線がレイに向く。レイもそんな話を聞いたことがないので首を振った。そんな様子を見てルークはふんぞり返る。
「ふん、こっちだって知るか。おかげでガキの頃の記憶がなくなっちまったんだから」
 ジェイドが黙り込む。
 レイの記憶ではファブレ公爵に敵対行動をしたことはない。もちろん戦時中は何かしらの工作はあったかもしれないが、耳には入ってきていない。
 じっとジェイドがルークを見る。その視線をうざったそうにルークは睨みつけた。
「なんだよ?」
「……いえ、お気になさらず。独り言ですから。それより今回のあなた方の行動は――」
 するとティアが口を挟む。
「誘拐のことはともかく、今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです。ファブレ公爵家による敵対行動ではありません」
 その言葉にイオンが頷く。
「ジェイド。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じません」
「まぁ、そのようですね。温室育ちのようですから、世情には疎いようですし」
 ルークが吐き捨てる。
「けっ、馬鹿にしやがって」
 イオンがジェイドのほうを見て願いたつ。
「ここはむしろ協力をお願いしませんか?」
 するとジェイドはちらりとルークのほうを見る。
「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によって、キムラスカへと向かっています」
 ティアが目を見開いた。
「まさか、宣戦布告?」
 ティアの言葉にルークがぎょっとする。
「宣戦布告って……戦争が始まるのか!?」
 アニスが首を振って笑う。
「逆ですよぅ。ルーク様ぁ。戦争を止めるために私たちが動いているんです」
 アニスは完全にルークのことを金のなる木だと思ったらしい。ダアトでのゴリ押しを思い出してレイは震えた。
 その言葉に間髪入れずジェイドがたしなめる。
「アニス。不用意にしゃべってはいけませんね」
「戦争を止める? ……っていうか、そんなにやばかったのか? キムラスカとマルクトの関係って」
 ルークの言葉にティアが冷ややかに言う。
「知らないのはあなただけだと思うわ」
「……お前もイヤミだな」
 ティアの言葉にルークは口を尖らせた。
「これからあなた方を開放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう」
 その言葉にルークとティアは驚いたようだ。恐らくもっとひどい目にあわされるだろうと思っていたのだろう。だが、レイはジェイドの思想が全く違うものであると感じて冷ややかに見つめていた。ジェイドは続ける。
「まず、私たちを知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸してほしいのです。――戦争を起こさせないために」
 ルークはジェイドの言葉に驚いていたが、すぐに向き直り、睨みつける。
「協力してほしいなら、詳しい話をしてくれればいいだろ」
「説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」
「何……!」
 ルークが身を乗り出した。どうやら予想外の言葉だったらしくかなり驚いている。レイは本当にルークは箱入り息子だったのだと実感した。
 ジェイドはルークの驚きなど放っておいて話を続ける。
「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ――どうかよろしくお願いします」
 そう言ってジェイドは部屋を出て行く。イオンはルークに向かって微笑んだ。
「詳しい話はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。待っています」
 続いてイオンも部屋から去った。レイも話が済んだだろうともたれかかっていた壁から体を持ち上げる。そうしている間にアニスがこえなで声でルークに言った。
「ルーク様。私ルーク様と一緒に旅がしたいです」
 その様子にルークは少したじろいだようだが何も言わなかった。レイは部屋を去る前にルークに向かって言った。
「協力するなら後ろにいる兵士に言え、それ以外はアニスが対応する」
 その高圧的な物言いにルークは柳眉を上げた。
「おい、お前。すげー偉そうだな。ジェイドってやつの部下なんだろ? なら、俺にその態度はねーんじゃねーの?」
「ルーク!」
 ティアがたしなめるが、ルークはレイを睨みつけたまま一向にひかなかった。その態度にレイは笑った。
「私はジェイドと違ってお前に優しく接するつもりはないし、協力者になるかわらない奴にこびへつらう気はない。またな――箱入りのお坊ちゃん」
「てめぇ!」
 立ち上がったルークを無視してレイはその場を後にした。どんな教育をすればあんな子供が出来上がるのか。むしろうらやましいぐらいだ。あんな風に人に接しられること自体が甘やかされた結果なのだろう。誘拐されて記憶がないとはいえ同情する気にはなれない。
 部屋の外に出るとジェイドが脇で笑っていた。
「いやーあなたから優しいという言葉が出るとは思いませんでした」
 レイはジェイドの言葉に眉をひそめる。
「別に、お前が優しい気な言葉を吐いたとしても中身をのぞいたら地獄だったと知るのは後からだろうからな」
 先ほどジェイドは選択肢を与えるように見せていたが、実際は違う。断れないように誘導していたし、自分で選んだという錯覚を起こさせて、精神的に抱き込むことを考えていたのだろう。移動するタルタロスをあの二人を降ろすためだけに停めるとは考えられない。
 レイは嗤う。
「お前はいい悪党になれるよ」
「おや、バレていましたか。流石ですね」
「無駄に付き合いが長いからな。――といってもおむつなんて取り換えられた覚えはないが」
 ジェイドがふっと笑う。そして二人はブリッジに向けて歩き出した。
「根に持ちますね。でも、あなたのことは本当によく知っていますから。おむつを取り替えていてもおかしくはないでしょう?」
「馬鹿言うな。おぞましい」
「はっはっは、照れないでください。――ところで」
 妙にもったいぶってジェイドがにまりと笑った。
「あなたが一般人を連れて来たとい話が噂になってますが?」
 赤い目が鋭く細められる。その様子を見てレイは舌打ちした。どうせ言い訳しても説教されるに違いない。諦めてレイは全てを話すことにした。
「親書を取り戻すのに手伝ってくれたんだ」
 するとジェイドの目に冷たさが宿る。
「ほう? ではあなたは民間人を巻き込んで、その上、機密情報の山であるタルタロスに乗船させてしまったと? 悪い子ですねぇ」
 そう言われるとぐうの字も出ない。レイは視線を合わせず、うつむいた。
「まぁ、その方とも後で私が話に向かいましょう。子供の尻拭いするのは大人の役目ですからね」
 レイはぎゅっと眉間にしわを寄せたが、黙っていた。そう言われても仕方がないことをしたのだ。反省はするべきだ。
「じゃあ、私はそのままブリッジに向かいます。あなたはどうしますか?」
「私は、その協力者に会ってくる」
 ジェイドは珍しく眉間にしわを寄せた。
「くれぐれも詳しい話をしないようしてください。これ以上の面倒事は避けたいですからね」
「わかっている!」
 そう言ってレイはジェイドから離れた。ジェイドはそのままブリッジへ向かい、レイは自室へと向かった。


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