▽ 神か人か1
ND2018年1月その日はやってきた。
マルクトの玉座の間は好戦的な開戦派と友和の停戦派の休戦条約締結でもめていた。
「今こそ、国力を持って対抗するべきです!」
「今ならば勝てます! 陛下御判断を!」
怒鳴り散らすように言っているのは開戦派だ。
今、ルグニカ平野は開戦の予兆を察知したのか緊張状態にある。キムラスカが我が物顔で兵をセントビナ―まで連れているらしい。そのせいで物価は上がり、人々が不安がっていると聞く。だが国力が拮抗している今、戦を起こすのは単に人を殺すだけだ。
先王の時代は好戦派の大臣たちが重要の発言力を持っていたが、今ではそれを意味をなさない。それは唾を飛ばしながら言い募る大臣の表情を見てにやにやと笑う軍服を着た男とレイが敬服する王がそれを許さないからだ。
レイにとってこの対話はあまり重要ではない。
なぜならこの重要である会議はすでに決着が見えているからである。退屈この上ない。
――どうせ、ジェイドが誘導して話は終わる。
大きく息を吐く。退屈で面倒で説き伏せる作業というのはまどろっこしい。
その中にレイは大佐の地位にありながら国の行く末に携わる奇妙なジェイドの護衛として脇に立たされていた。
もったいぶった間を取ってジェイドが口を開く。
「今戦えば無益な人的被害を及ぼしかねません。時期ではないと愚考します」
水を打つようなジェイドの声に大臣たちは顔を赤くする。
「ここまで攻め入られておきながら、何もしないというのか!?」
「攻め入られているというよりかはただにじり寄られているだけでは? まだ何もされてはいません」
ああ言えばこう言う。ジェイドが口から生まれたと言われる所以だ。頭の回転が速く、相手の言動を予測し釘を刺す。嫌なやり方だ。
なぜ、今、こんなに大臣たちが言い募るのは理由がある。先の戦争でマルクトは辛勝しているが、領土を取られる可能性を危惧しているのだ。もっといえば税収が下がるのを危惧している。そういう大臣はピオニー陛下が座位してからかなり減ったが、完全には消え去られない。ピオニー陛下いわく、なにも反論する者がいなくなったらつまらないらしい。
だからなのかあえて一定数王に噛みつくものはいるが、あくまで少数派だ。負け犬の遠吠えにすぎない。
反対派の大臣が息荒くジェイドに噛みついた。
「じゃあ、どうするというのかね? 戦争を回避する術でもあるというのかね?」
するとジェイドはにんまりと目を細めた。
「なければこんなことは言っておりません。私が導師に和平を進言してきます」
開戦派の大臣たちはどよめく。
「馬鹿な、無謀だ」
「死ぬ気か?」
中立を貫くダアトにわざわざ出向くのは中々骨がいる作業だ。それにあまり導師イオンの評判はあまりよろしくない。前にダアトからグランコクマに導師が来たときは不敵な笑顔を浮かべて陛下と腹の探り合いをしていた。
それに預言をなにより優先するダアトにもし開戦が預言されていたとしたら助力は難しい。
だが、ジェイドは余裕たっぷりに笑みを深くする。
「私がやれないとでも?」
勝算があるのかないのかこの男の真意は読めない。陛下の懐刀と名高い男は見事に会議を誘導していた。
動揺する大臣たちをよそにピオニー陛下は笑顔で言う。
「今回は重要な議案だ。ジェイドの他にレイもつける」
すると視線がこちらへと集まる。まるでとどめだと言わんばかりだが、レイは戦闘には特化しているが策謀にはジェイドに劣る。それをとっておきみたいな扱いにされるのはとても不安だが、大臣たちには効果があるようだった。だがそれはほとんど畏怖のような目つきで不快だ。それに今回の作戦はジェイドが主体となって動くのでレイは指示に従うだけの下っ端だ。それだけで十分に視線よりも不快だった。
――こいつの護衛なぞまっぴらだ。
あてつけのようにレイは口を閉じて開戦派を睨みつける。するとそれだけで開戦派の大臣たちが視線をたじろわせるので滑稽だ。それを知ってか知らずかピオニー陛下は腕に顎を乗せて余裕の笑みを浮かべていた。
大臣たちは口を閉じた。もう勝敗は決した。
「異論ないな? では、会議は終了だ」
レイはふうと息を吐く。こんな会議に付き合わされるなら、ゼーゼマンの小言でも聞いているほうがいくらかましだ。
***
「いやあ、爽快だったな!」
会議が終わり、玉座で頬杖をつく陛下はご満悦だ。よほど、泡食った大臣たちの顔がお気に召したらしい。レイは少し人の悪い性格がジェイドからうつったのかと思ったが、幼馴染な二人は悪友に近い。恐らく元からだろう。
ふうとため息を吐くとそばにいたジェイドが笑みを深くする。
「おや、悩みごとですか? よかったらお聞きしますよ?」
不快な笑みを浮かべてジェイドが尋ねてくる。頭が痛い。
「……お前のせいだジェイド」
「おやおや、それは申し訳ありません。不快にさせた記憶にはありませんが」
よく言う、と内心愚痴る。
レイの名前を出したのも、会議に連れてこられたのも恐らく計算の内だ。レイを演習場で捕まえたと思えばついてきてくださいというものだから、簡単についていってしまった自分が恨めしい。
「あなたの立場は本当に使いやすいですからねぇ」
さも、心を読んだかのようにジェイドが言ってくる。軽く睨みつけると、おや怖いと軽口を言う。微塵も怖くなどないだろうに。
くつくつと笑いながら陛下が楽しそうに見てくる。
「そう怒るなレイ」
「笑いごとではありません陛下! こいつを殺す許可をください!」
「おやおや、出来ないことを言うのは恥ずかしいですよ」
険を含んだ視線が交わる。
一瞬の間で、レイは剣を抜き、切っ先がジェイドののど元に詰め寄る。
「これでも出来ないとでも?」
レイが不敵に笑うと、ジェイドが余裕の笑みでレイを見つめる。まるで動じてない。
「陛下が悲しむことをあなたは出来はしない」
剣が一瞬震えた。それを見てジェイドはさらに笑みを深くした。
「そのへんでからかうのはやめておけ」
陛下の一声でレイは離れる。いつもジェイドにはからかわれる。それを毎回ムキなってしまう自分もいけないのだが、ジェイドが相手だとどうしても抑えられない。
「オレの弟は真面目なんだ。お前と違ってな」
すると肩を浮かしてジェイドが陛下を見た。
「私ほど真面目な男はいないと思うのですが」
「茶化すな、俺は真面目に話してるんだ。お前と違ってな」
陛下は玉座から立ち上がり、まっすぐにレイに近づいた。レイはつい後ずさる。それを見た陛下は苦笑いをして立ち止まった。
「レイ、今回の親書はマルクトにおいて極めて重要だ。――頼めるか?」
レイはその場でひざまずいて手に胸をあてる。
「はい、陛下。レイ・ロウ・マルクトの名において必ずや」
胸を震わせてレイは頷く。その様子を見た陛下はまた苦笑いをしていたけれど、自分にはもうこういう関わり方しかできはしない。兄弟の雰囲気など微塵もなく。末の王子はうやうやしく頭を垂れた。
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