小説 | ナノ


▽ 操り人形は誰か8


 港に着くとケセドニアの憲兵たちがマルクト船舶を調べていた。終わるまでそう時間がかからないだろう。レイは視線を走らせる。
「あいつはどこだ?」
 これだけケセドニアの兵がいればマルクト軍服は目立つはず。だが、周りを見わたしても憲兵たちしかいない。恐らく憲兵に成りすましている可能性が高い。一人一人顔を見ていくわけにもいかず、レイは歯噛みした。すると隣にいたガイも頭をかく。
「これじゃあ、探しようがないな」
「だが、奴らはこれしか手がないはずだ」
 陸路なら小型の軍艦で、あっという間に攻めれらるし、親書はおそらく船の中だ。なら親書を焼くためにも船に接触せざるおえない。彼らに出来ることといえば、チャンスを待つか強行突破しかないのだ。
 すると大きな爆発音が聞こえた。レイとガイは顔を見合わせて頷く。その場所に近づくと爆発音がしたところには憲兵が集まっていた。一番近くにいた憲兵に話しかける。
「状況は?」
「恐らく第五音素爆弾です。それもただの爆弾じゃなく――」
 爆発した場所を見ると焦げ臭く、肉の焼けたにおいがした。レイは顔をしかめる。
「人間爆弾か――」
 すると憲兵は苦々しく頷いた。
 敵も手段を選ばなくなってきている。仲間一人を犠牲にしてやるここといえば一つだ。
辺りを見わたして三人ほどの憲兵が船に乗り込むのを見た。マルクトの小形船舶だ。レイは走り出す。つられてガイも走り出した。
「恐らくあいつらだ!」
「本当にやり方が胸糞悪い」
 仲間の爆発で注意をそらしてその間に船に乗り込むとは、本当に手段を選ばない。レイは内心吐き気がするほどおぞましいと思っていた。自分が信じる宗教でここまで人間は残虐になれるのだ。レイたちが近寄るうちにゆっくりと船が動き出す。このままでは間に合わない。
 レイは隣の中型船に乗り込み甲板へと走り出す。船が完全に動き出すまではまだ少しの猶予がある。甲板に出ると奴らが乗っていった側の手すりから、乗っている船を見下ろす。そしてレイは躊躇せず飛び降りた。風の音がひゅうひゅうと耳元でなる。だがそれも一瞬で甲板に降り立つ。甲板に敵の姿はない。恐らく艦内だろう。剣を抜き放ちレイは嗤う。
「さて、ユリアに願いを捧げるんだな。天国に行けるように」
 そしてレイは艦内へ続くドアを開く。すると開いた瞬間にファイやボールが飛んできた。レイは姿勢を低くしてそれをよけると細剣を突き出す。あっという間に距離を詰められた男はたじろいで剣を抜きだそうとするが、遅い。
 レイの細剣がわき腹に刺さり、男は低く呻いて崩れ落ちた。レイは濡れた剣を拭いてから服を探るが親書は持っていない。残るはあと二人だ。小型船は狭いので後はブリッジを制圧するだけだ。
 ゆっくりとブリッジへ繋がるドアに手をかける。すると男のうめき声が聞こえた。警戒しながら開けるとそこには身ぐるみはがされて縛り付けられている男二人とそれを盾にしている男がいた。だが、レイと駐屯地で会話した奴ではない。
 レイは細剣を男に突き付けると、縛り付けられている男ののど元にナイフをあてた。
「近づいたらこいつらを殺すぞ!」
 どうやら人質になると思っているらしい。レイは薄く笑う。すると男は怒鳴りつける。
「なにがおかしい!」
 レイはその言葉は聞かず、男に告げる。
「親書さえ持ってるなら助けてやろう。それがお前に対する最大の慈悲だ」
 すると、男が持っているナイフが喉元を小さく切り、血が垂れる。縛られている男が小さな悲鳴を上げ震えた。
「同族の命を何とも思わないのか!?」
 レイは、くっと笑う。おかしくて笑い転げてしまいそうだ。
「お前らだって仲間を爆弾にしたじゃないか? それと一緒だよ。興味がない」
 すると男は興奮して赤ら顔になる。レイに向けて怒鳴りつけた。
「我らは預言順守のため人が間違いを犯さないよう見張る番人なのだ! お前のように無駄に殺したりなどはしない!」
 レイはついに吹き出した。そして笑いだす。その光景に男は目を見開いた。レイはひとしきり笑うと目尻を拭う。
「預言、預言ってお前らは馬鹿の一つ覚えみたいに言うが、結局のところ預言通りに殺しても罪にはならないなんて思っているんだろう? なら、お前がここで死ぬのも預言通りかもしれないじゃないか? 慈悲が欲しいなら親書のありかを言え」
 男は青ざめて歯を食いしばると、口を開いた。
「親書は……別のやつが持ってる」
「どこにいる?」
「船倉に隠れているはずだ」
「そうか……」
 そしてレイは剣を鞘に収めた。そして手を突き出す。
「情報ご苦労。――死ね」
 レイの手が何かを握りつぶすように握り締められる。すると男は絶叫してのたうち回る。男の体は内部から膨張した。膨らみすぎた風船はいずれ破裂する。男も同じように音を立てて爆発した。ブリッジは血が飛び散り、何処を見ても赤かった。生き残った縛られた男たちが猿ぐつわをしていても大きな声をあげた。赤い海を作ったレイ本人は淡々と縛られている二人の後ろに回る。縛られていた男たちが震えた。レイは屈んでナイフで縛られている箇所を切ってやる。
「大丈夫か?」
 すると男たちは震えながら頷く。だが、恐怖でしゃべることができないらしい。レイはため息を吐く。
「コノリー・ブラック。レノイル・アーマンか?」
 すると男たちは何度も頷いた。どうやら彼らが親書を運ぶ役だったようだ。レイは冷めた目で睨みつける。
「お前たちのせいで余計な手間を取られた。次はないと思え」
 コノリーとレノイルは何度も頷いた。それを見てレイはブリッジから去る。どこに船倉があるのかわからないので探し回ると船倉に続くハッチは開けられたままになっている。中を覗き込んだがもぬけの殻だ。レイは舌打ちする。
 すると、甲板のほうで剣戟がした。レイは駆けだす。そこに親書があるはずだ。

 ***
 
 ガイは何も言わず走り出したレイを追いかけて甲板に出たが、すでにいなかった。男たちの船のほうを見るとどうやらレイはすでに飛び降りたらしい。ガイは肩をすくませる。
「やれやれ、猪突猛進ってのはこういうことを言うのかね?」
 言ってガイも同じように飛び降りて敵の甲板に降り立った。もうすでにレイは船内に入っていっただろう。加勢しようとも思ったが、狭い船内で剣を振り回すのは余程連携が取れていないと難しい。ガイは大人しく甲板でレイが取り逃がすかもしれない神託の盾を待つ。すると船内で大きな爆発音が聞こえた。第五音素爆弾かと思ったが、船は揺れはしなかった。恐らく違うだろう。もうがいがやることはないかもしれないと剣を収めようとした。すると、船内に続くドアが勢いよく開いた。男と目が合う。駐屯地で会った男だ。ガイは笑って剣を構える。
「真打は俺ってわけか。かかってこいよ? またのしてやる」
 男はガイを睨み据えて、ナイフを取り出す。走り出す男にガイはゆっくりと冷静に相手の行動を読み折ろうとした。ナイフと戦うなら絶対的にガイのほうが有利だ。懐に入らせなければ、攻撃範囲はこちらのほうが広い。
 だが、初撃はやみくもに振ると痛い目に合う。ガイは男の一撃を避けてから一撃を食らわせることにした。
 男は走りながら投てき用のナイフを取り出してガイに向けて放つ。ガイは剣で弾いて次の攻撃に備える。一気に間合いを詰めてきた男は姿勢を低くして脇をナイフで狙ってきた。ガイは避けて蹴りを食らわせる。すると男は吹っ飛んで甲板の端まで転がった。だがすぐに起き上がって突進してくる。今度は飛び上がってナイフを振りかぶって来たのでガイは剣で受け止める。キィンと音が鳴った。力が拮抗して剣とナイフが震える。力押しで来るとは避けてほど焦っているのか、血が昇ってきているのか。
 すると背後から声がかかる。
「そいつが親書を持っている! 生け捕りにしろ!」
 現れたレイがそう言い放つと男は舌打ちをして距離を取った。分が悪いと思ったのだろう。そして懐から手紙を取り出す。親書だ。
 男がくつくつと笑いだす。
「哀れな哀れな黒き子供よ。預言を嫌いながら、預言がなくては生きてはいけない哀れな子供よ。お前は結局預言に踊らされて生きていくのだ。今までもこらからもな!」
 レイは鼻で笑う。
「それはお前たちの思想ではだろう? そんなものには興味がない」
「浅はかな、浅はかだ」
 レイはゆっくりとガイに近づいて小声で囁いた。
「合図をしたらあいつから親書を奪え」
 ガイは小さく頷くと男を見た。男はにやにやと笑っている。不気味だ。
 レイは大きく息を吐いた。そして笑う。
「踊らされているのはお前たちもだろう? 預言とやらのせいで捨て駒にされたんだからな」
 男は大きく目を見開いた。目は血走っている。
「黙れ! 我らはユリア様の為に命を賭しているのだ! それを捨て駒などと――!」
「そうだろう? シンクはお前たちを時間稼ぎのための駒として使ったに過ぎない。お前たちはいつでも親書を燃やす時間があった。けど、そうしてないのは命令があったからじゃないのか?」
 男は唾を飛ばしながら叫ぶ。
「黙れ黙れ黙れ! 我らは自らユリア様の預言の為に命を捧げたのだ! こんなもの!」
 そして男が詠唱を始める。第五譜術だ。恐らく親書を燃やす気だろう。レイが叫ぶ。
「振り返らず走れ!」
 そしてガイは走り始めた。背後から閃光のような眩しさが炸裂する。男はひるんで目を閉じた。そこにガイは走りこんで親書を奪う。
 呻く男をよそにレイが近づいてくる。恐らく親書を確認するためだろう。ガイはレイに親書を渡すと笑う。
「とりあえず、間に合ったな」
 レイは親書の封蝋を見つめて息を吐いた。
「本物だ。まったく面倒ばかりだな。――助かったガイ」
「どういたしまして」
 そしてレイは男の頭を蹴りつける。男は低いうめき声をあげて転がった。
「お前は軍に引き渡す。覚悟しておけ」
 すると男は低く笑いながらレイを睨みつけた。
「黒き子供よお前の活躍を楽しみにしているぞ。哀れな操り人形!」
 そして男の体に赤いフォニック文字が浮かび上がる。全身にフォニック文字がいきわたるとレイは叫んだ。
「第五音素爆弾!?」
 レイはガイを蹴り飛ばす。ガイはとっさのことに反応できずに甲板を転がった。すぐに大きな爆発音がして船が揺れる。爆発で甲板は黒い煙が燻っている。ガイは叫んだ。
「レイ!」
「大丈夫だ……」
 ややあってレイの姿が煙から出てきた。かすり傷はあるが、どこも怪我をしてない。ガイは安堵して息を吐いた。
「良かった、無事で」
「……これぐらいでは死なない」
 そうぶっきらぼうに言い放つと苦々しく舌打ちする。
「結局、誰の手下かわからずじまいか」
「まー、目当ての物は手に入ったんだろ? それで上々じゃないか」
 レイは少し沈黙した後、小さく頷いた。
「これでようやくこの街から出れる」
 ほっとしたような声にガイは微笑む。そしてレイに向けて拳を突き出した。
 レイは首を傾げる。ガイは笑った。
「お疲れ様ってことだよ」
 すると少し眉をひそめてレイは自分の拳をガイの拳に当てた。そして空を見上げる。
「今日は疲れた。早く宿に帰ろう」
 ガイは頷く。
「そうだな、早く帰ろう。俺も疲れた」
 そしてガイも空を見上げる。三日月は頼りなく地上を照らし、星々の瞬きに安堵する。綺麗な空だ。慌ただしかった一日を忘れてしまいそうなほど。本当に大変な一日だったとガイは大きく息を吐いた。


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