これは不可抗力です!
遊馬崎ウォーカー。
私の友人の名前である。
池袋で一人暮らしをしている私は、現役の高校生。
それなのに知り合いは大人ばかり、しかもディープな人ばかり。
例を挙げるなら、新宿の情報屋さんとか、彼の天敵喧嘩人形とか。
そんな訳で、同級生は気味悪がって近付いてこない。
所謂ぼっちなのである。
だからやっぱり大人に頼って、私は今日もぼっち。
その中でも仲が良いのは、バンに乗った彼等。
狩沢さんや遊馬崎さん、渡草さんに門田さん。
通称ワゴン組である。
狩沢さんは私の事を可愛がってくれる、数少ない女友達。
こう見えても私は、男の人があまり得意ではない。
それなのに男にばかり絡まれるから、勘弁したいものである。
それでもワゴン組の皆さんは、私に凄く良くしてくれる。
門田さんと渡草さんはある程度線を引いて接してくれるし、遊馬崎さんは男の人じゃないみたいに可愛いし。
皆優しいから、私は今日も学校帰りに彼等のバンを探してしまうのだ。
「おーい、零時ちゃーん!!」
バンを探していると、後ろから声が聞こえた。
女の人の声───
「狩沢さん!!」
振り向くと、狩沢さんの姿。
いつもの格好で、私に手を振っていた。
…狩沢さんが外にいるなんて珍しい。
私が見る狩沢さんは、大抵車内で本を読んでいた。
…まぁ、狩沢さんも大人だもんね。
仕事とかで外出してたんだろう。
私がそう納得しかけた時、これまた聞き覚えのある声が聞こえる。
「待ってくださいっす、狩沢さん〜」
狩沢さんの後ろから駆けてくるのは…
……遊馬崎さんだ。
リュックを背負って、大きめの袋まで抱えている。
買い物帰りなのだろうか。
「あ、深夜さん。
こんにちはっす」
私を見付けて、遊馬崎さんは挨拶をする。
私も、こんにちは、と返した。
挨拶を終えると、狩沢さんは私のスクバを見て言う。
「零時ちゃんは今学校帰り?」
「はい。狩沢さん達は、何をしてたんですか?」
狩沢さんを追い掛けて遊馬崎さんが来たってことは、二人とも一緒に出掛けていたのだろう。
そうとなれば仕事な訳じゃなさそうだし…
「俺たち、グッズを買いにいってたんすよ。
そしたら狩沢さん、俺に荷物全部押し付けてきて…
……持てないこともないっすけど、重いし…」
それでこのザマっすよ、と遊馬崎さんは荷物を見せる。
遊馬崎さんが持っている袋をよく見ると、確かに某アニメグッズ専門店の名前が書いてある。
どうやら二人は、グッズを買いに出ていただけらしい。
「だってゆまっち男でしょー?
こんぐらい余裕余裕!!」
「むむむ…」
狩沢さんのからかいに、遊馬崎さんは少しムッとした様子。
あらら、これは遊馬崎さんちょっと怒ってるかな…?
何かしら、話題を変えないと。
「私もここら辺のお店、行ってみたいです。
大きい本屋さんとかあるらしいですし」
これは本音。
私も二人ほどではないが一応アニメを見たりするし、本を読むのも好き。
なので此処等の本屋は気になっていたのだ。
人が多いし広いので、一人では行く勇気がなかったのだが…
……この際に行くのもいいだろう。
そう思い私が言うと、狩沢さんはにこやかに答える。
「調度よかった、私達これから他の店も行くとこだったの。
良ければ一緒にどう?」
「色んな店、紹介するっすよ」
こうしてやって来た本屋だが、そこは全く別世界。
何階にも渡って広がる本とグッズは、私の想像の範疇を越えていた。
ね、凄いでしょ?
なんて言う狩沢さんも、最初はこうして驚いたのだろうか。
…池袋って、広いんだなぁ。
そう言わざる終えない。
そして欲しかった新刊を探すべく、私は気合いを入れて本棚を見詰める。
これだけ種類があるのだ、初めて来た人にはたまったものじゃない。
色んな場所をうろうろして、ようやく見付けた。
………が。
棚の、一番上……
私の身長じゃ、到底届かない。
狩沢さんだって届かないんじゃなかろうか?
遊馬崎さん……届くのかなぁ?
そりゃあ男の人は背が高いかも知れないけど、遊馬崎さんってあんまりそう言うイメージがないんだよなぁ。
女っぽいって訳じゃないんだけど、どちらかって言うと中性的って言うか…
……あんまり男女関係ないキャラ、とでも言うべきなのかな。
男の人が苦手な私も気兼ねなく話せるキャラって言うか。
そんな事を思いつつ、届きもしない本に手を伸ばす。
店員さんは男の人ばかりで、取ってください、とも言いにくく。
踏み台みたいなのがあるんじゃないかと思うけれども、何処にあるのか分からない。
それにこんな莫大な本の中、少しでもこの場を離れたらこの本に一生巡り会えないかもしれない。
それでも折角来たんだからこの本買いたいし───
───そんな事を思っていたら、後ろから手が伸びてきた。
さも当たり前かのように、軽々とその本を取ってしまった。
本に伸びる手ががっしりしていたし、この本を取れるのは殆ど男の人だ。
だから私の後ろには男の人がいると言う事で───
少し肩を竦めながら振り返ると、そこには意外な人が。
「これっすよね、欲しがってた本」
私の欲しかった新刊を手にする、遊馬崎さんだった。
「ここ、色んな本が凄い速さで回るんすよ。
だから少し前に出た本は、すぐ平積みじゃなくなる。
取りづらいっすよね、女性には」
そう話しながら、遊馬崎さんは私に本を手渡してくれる。
少しごつごつした手が触れて、いつもは大丈夫なのに心が跳ねた。
遊馬崎さんも男の人なんだよなぁ、と気付いてしまったらしい。
彼が然り気無く私を『女性』だと形容してくれたことも、私じゃ取れなかった高い場所の本を簡単に取れちゃうところも、意外と骨ばった手も、全部男の人そのもので。
今見てみれば、狩沢さんに押し付けられている荷物だってそう軽いものではなさそうだ。
『男の人』だから持久力もあって、力もあるんだもんね。
今更ながら意識し初めて、私は
『買ってきますね』
なんて言ってそこを立ち去った。
……次門田さん達に会いに行くとき、私一人で意識しそうだなぁ。
そんな事を思いつつ、私はお会計を済ませていた。
これは不可抗力です!
(…うぅ、まだドキドキいってる…)
(どうしたっすか?)
(ひゃあぁあ!?)
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