あの後、お昼ご飯も食べる気にならず、そのまま仕事に戻った。しかし、仕事中にも関わらず頭の中は先程の佐助様でいっぱいだった。嫌われたのかもしれない。違うかもしれない。そんなことばかりが頭の中を巡る。けれど、あの仕草は拒絶されたようにしか思えない。もしかしたら、今朝のことが原因?私が鈍いから幻滅されたのかも。そうしたら、今までだって何か失礼なことをしてしまっただろうか。不安は全然なくならなくて、庭の掃除をしながら、こっそり何度目かのため息をついた。
「姫さん!危ないっ」
「え?」
同僚の女中の春子さんに叫ばれたと思えば、私の視界が反転した。状況を把握する前に身体に痛みが襲う。わたし段差に気づかなくて転んのか。そしたら、急に恥ずかしくなって、急いで立ち上がろうとすれば、右足に鈍い痛みが走る。私は思わず顔をしかめた。
「大丈夫!?」
「…足、くじいた‥かも」
「うっそ!立てそう?」
春子さんの手を借りて、なんとか立とうとする。少しでも右足に体重を掛ければ、痛みが倍増する。
「姫っ!」
ちょうど痛みを我慢して立ち上がったとき、名前を呼ばれた。誰かなんて声でわかる。わかってしまったから、 変な動悸が止まらない。私が返事するよりも早く春子さんが驚きの声をあげた。
「猿飛様!?どうしてこちらに?」
「姫 転ぶ 見えた」
ああ、見られていたなんて。どうしよう、ますます幻滅されしまう。これ以上、嫌われたくないのに。春子さんに捕まっている手に自然と力がこもる。佐助様の顔が見れない。
「姫」
「大丈夫です!大丈夫ですから、お仕事に戻られて下さい」
「怪我 してる」
「大したことございません」
失礼します。そう言って春子さんという支えから離れて、中へと戻る。本当は歩くのさえつらい。一歩一歩進む度に痛みが増す。けれど、佐助様にこれ以上、駄目なところを見せたくない。もう少し、もう少しで縁側にたどり着く。しかし、縁側に上がる前に強い力に引かれ私の身体は浮遊感に包まれた。
「姫 怪我ひどい 早引き 上女中に 伝言 頼む」
「佐助様!」
そう言うと佐助様は私を抱えたまま歩きだしてしまう。佐助様の肩越しに見えた春子さんは戸惑いながらも、かしこまりましたと言って頭を下げていた。
「佐助様!降ろしてください!本当に大丈夫ですからっ」
「姫 少し 黙る」
そう言われたら、私は黙るしかなかった。自分を不甲斐ないと思っているのに、佐助様に抱きしめられるように抱えられ、すぐ近くに佐助様のお顔があると思うと心臓がひどく高鳴っている。そんな自分が少し情けない。
複雑な胸中のまま、佐助様はどこかの部屋に入られた。自分の部屋に比べたら倍はある部屋。その部屋の隅に畳まれた布団の上に私は降ろされた。
「こ、こは?」
「我の部屋」
「えっ…!」
私が驚いてる間に佐助様はするりと足袋を脱がせていた。私はそのことに羞恥心と焦りが同時に押し寄せる。そんな私をよそに、私の右足足首を見た佐助様の眉間にシワがよる。自分が思っていたよりも赤く腫れていた。
「姫 嘘つき」
「…えっと、」
「大丈夫 否 大したことない 否」
「ーっ!!」
佐助様は右足首を押したために声にならない声が漏れる。今のはかなり痛い。生理的に涙が滲んだ。佐助様は手際よく足の手当をしてくださった。手当が終わると、じっと私を見つめる。怒っているような、悲しそうな、そんな目で。「姫 何故 無理 する」
「‥無理なんてしていません」
「否 それも 嘘」
どうして、どうして、佐助様はそんなに私にこだわるの。佐助様はただの女中の私にどうして優しくしてくださるの。どうして、知りたがるの。
「我 もっと 頼られたい」
「ど、して、私なんかを、」
私のこと嫌いなんじゃないんですか。それは言葉にならない。
「姫の笑顔 見たい」
「えっ…」
障子から透けて射し込む夕陽の光が佐助様と私を包み込む。佐助様は私の両手をそっと握りしめた。
「で、でしたら、お昼のことは‥」
「……あれは……十蔵‥」
「筧様?」
「姫 十蔵に 笑顔 向ける。なれど、姫 我には 無理ばかり する」
佐助様の言いたいことがいまいち掴めない。それが、昼間のことと何の関係があるのだろう。思わず首を傾げた。
「……我 十蔵に 嫉妬した」
「嫉妬‥?」
「笑顔 向けられる 十蔵 羨ましかった。故に、あんな態度 とった」
「私、嫌われた訳じゃなかったんですね。よかった…私が、だめだから嫌われたとばかり‥」
「嫌う…?」
「はい…、てっきり私が駄目だから、嫌われたのだと‥だから、」
「嫌う ない!絶対 ない!」
これ以上そんなところを見せたくなかったと言う前に、私は佐助様に抱きしめられていた。
「我 姫が 好き」
その一言で頭が真っ白になる。好き、私を?でも、でも、でも、
「伊佐那海様、は?」
「伊佐那海?」
「佐助様の好きな方は伊佐那海様なんじゃ‥」
少しだけ身体を離して佐助様を見る。佐助様は不思議そうな表情をされていたが、直ぐに柔らかな笑顔になる。
「伊佐那海 仲間の好き
姫 特別 好き」
「ただの女中の私でよろしいんですか…?」
溢れ出る涙を拭うことも忘れて、私は佐助様を見つめる。
「我 姫がいい。姫 以外 必要無」
佐助様が私の涙を丁寧に拭ってくださる。
「姫の返事 聞きたい」
「わた、わたしも、佐す、け様が好、きです…!」
そう涙声で言えば、佐助様はもう一度私を抱きしめた。
怪我、勘違い、本音、むすぶゆうがた
(真田も 姫も)
(我 守る)
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