中編 | ナノ


1日の仕事も終わって、私は布団に入った。けれど、睡魔はない。今朝、佐助様とお話したからか、初めて出逢ったときの事を思い出す。私が佐助様と初めて出逢ったのは、上田城に来て三ヶ月が経った頃だったか。私は目を瞑り、ゆっくりとその時の事を思い出していく。


***


「すっかり遅くなっちゃったな」


その日は急な来客があり、ご宴会のお食事やお酒のおもてなし、お客様の寝所の仕度など、急な仕事が立て込んだ。それら全て片付いたのは夜も随分更けた、先ほどのことだった。

私は部屋に戻る廊下を一人で歩いていた。いつもぱたぱたと忙しなく動き回っている上田城、一度ゆっくりと見てみたい気持ちにかられた私は、遠回りで部屋に戻ることにした。今夜はよく晴れていて、星もきらきらして、大きな満月を引き立たせているようだった。

ぼんやりと歩いていれば、美しくも派手すぎない上品な庭が見えてきた。その縁側に座る人影が一つ。私はよく目を凝らして、じっと人影を見つめる。と、その人影が私の視線に気づいたのかこちらを向いた。私はその人の顔を見て驚いた。その方は真田忍隊頭、猿飛佐助様だったから。

「お前 何してる?」まさか、猿飛様に話しかけられるだなんて思ってもみなくて、私は咄嗟に言葉がでない。猿飛様は不思議そうに首をかしげ、私をじっと見ている。見られていることで余計に緊張してしまって、私はしどろもどろに「さ、散歩です…」だなんて、間抜けな返答をしてしまった。猿飛様は「そうか」と至極まともに返して下さった。かと思えば、猿飛様はご自分の隣をぽんぽんと叩かれた。

「ここ 座る」
「え‥そ、そんな…」

有無を言わさないような強い瞳。私は断れずに、猿飛様のお誘いにのり、隣に正座した。座ったはいいものの、猿飛様は何も話されないし、私も話しかけてよいものかと思案する。いわゆる沈黙。私はふいに猿飛様の手元にいるもふもふの何かに目がいった。

「いたち、ですか?」
「そう、雨春。我の友だち」
「雨春様ですか。すごく可愛らしいですね」

猿飛様は優しく雨春様を撫でている。そんな雨春様に私はなにか違和感を感じる。とこか、落ち着かないような、そわそわしているような、これは。

「雨春様、お怪我されているんですか」
「…っ! 何故 わかった?」

猿飛様は驚かれたように私を見つめる。私は両親が医者で、獣医でもあったこと、その手伝いもしていたことを話せば、納得されたみたいだった。すると、ずいっと雨春様を私に差し出される。


「雨春 診てほしい。雨春 痛くて 寝る できない」
「は、はあ‥私でよければ」

雨春様を受け取り、身体中をみれば、お腹の辺りに傷と打撲。これならば、直ぐに治る。けれども、眠れないのはあまりにも可哀想だ。もっと早く治るように薬を作ったらいいかもしれない。
そう思って私は庭にでた。つい見落としがちになるような草を二種類ほど摘み、手のひらの上で指を使ってすりつぶす。

「雨春様、ちょっとしみますので、我慢してくださいね」指に薬草の汁をつけて、腕に抱いている雨春様の患部に塗る。雨春様はじっと我慢してくださったおかげで、すぐに終わった。

「これで二、三日も経てばすっかり治るはずです」
「すまない ありがとう」
「いえ、このくらい」

猿飛様に雨春様をお返しすると、興味深そうに私の手を見ている。

「薬草?」
「あ、はい。ずぅっと昔に主流だった薬草です。今では効き目が薄いようで、小さな動物にちょうどよいと父から教わったんです」

懐に入れていた手ぬぐいで手を拭きながらそう答えると、猿飛様は更に興味深そうにしていた。

「もう少し 話聞きたい」

古い薬草の話に興味がそそられたようで、私はまた猿飛様の隣に正座して話を始めた。半刻たっただろうか、気がつけば雨春様はすやすやと眠っていて、猿飛様は安心されたみたいだった。私は、そろそろ部屋に帰ろうと猿飛様に向きなおした。

「そろそろ休みますので、失礼させて頂きます。お休みなさいませ、猿飛様。」

深々と頭を下げてから、私は立ち上がり、部屋に戻ろうとしたが、不意に猿飛様に手を捕まれた。突然のことでどくんと心臓が鳴る。視線を合わせるように猿飛様も立ち上がる。


「…名前 まだ 聞いていない」
「な、名前ですか、」
「名前 知りたい」

私はどうやら猿飛様の瞳に弱いらしい。見つめられると鼓動が早くなる。私はおずおずと口を開いた。

「姫、です」
「姫…良い名 我 覚えた」
「さ、猿飛様に覚えて頂けるなんて、恐縮でございます…っ」

堪えきれなくなって、俯いてしまう。そうしたら、いつの間にか握られていた両手に更にぎゅうっと優しく力が込められる。

「………佐助、」
「え…?」
「猿飛 否 姫も 我の名前 呼ぶ」
「そ、そんな…いけません…」

思わず顔を上げれば、猿飛様と目があう。それだけで、頬が熱くなるのがわかる。

「…名前 呼ばない
我 手離さない」
「そ、そんな‥」
「我 名前 呼んでほしい
…………駄目?」

そんな寂しそうな顔で首をかしげて、私を見ないでほしい。鼓動がどんどん速くなる。私はもう心臓がもちそうになくて、一言、かしこまりました、と言った。



出逢い、鼬、名前、あついよる
(ああ、思い出したら)
(眠れなくなってしまった)
(確かあの日も眠れなかった)
(外の空気でも吸いにいこう)



120225


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