中編 | ナノ


上田。真田様が治める土地。私はその真田様が居住されている上田城の女中として働いている。

元々私は小さな村の医者の娘だった。父や母から医学や薬学を学びながら、ささやかに暮らしていた。それがある日、山賊に村を襲われ、村でたった一人生き残った私。山賊に襲われそうになったところを助けて下さったのは真田様にお仕えしている筧様だった。筧様のおかげで、上田城の女中をさせてもらえるようになったのだ。

それから早数ヶ月が経ち、仕事にも慣れ、穏やかに過ごす日々。最近では、上田城に新たに霧隠様と伊佐那海様が住まわれることになった。

そんなある朝、私は一人でそのお二方の召し上がれた朝餉のお膳を片付けていた。お膳をふたつ積み重ね、それを両手で持ち上げた。

「姫」

名前を呼ばれ、振り向けば、そこにいた人に少し目を見張った。緑の忍装束、真っ直ぐな強い瞳、私の憧れの人。

「はい、どうかなさいましたか?」

心臓の鼓動は速いけれど、平静を装って佐助様に返事をする。ああ、名前を呼ばれたことに動揺してお膳を落としかけた。危ない、このお椀一つで私のお給金が二ヶ月は飛ぶかもしれないのに。「伊佐那海 才蔵 何処?」「お二人なら先ほど、真田様のところへ行かれましたよ」

そう言うと、佐助様はため息をつかれた。微かに「我 無駄足…」と聞こえた。察するに、真田様にお二方を連れてくるように言われていたのだと思う。人を呼んでくるのに佐助様を遣わすなんて贅沢な真田様。いや、もしかしたら佐助様が伊佐那海様に逢いたくて、買って出たのかもしれない。何せわざわざ佐助様が朝餉を毎日届けているのだから。そう考えたら、胸がちくりと痛んだ気がした。

「…姫?具合悪い?」
「あ、いえ、違います。…えっと、失礼します」

つい考え事に耽ってしまい、心配をかけてしまった。私は慌てて頭を下げ、佐助様の脇を通ろうとした。しかし、それは私が足を止めるかたちで叶わない。理由は簡単。佐助様がなぜか両手を差し出して私の目の前にいるから。

「我 持つ」
「い、いけません!佐助様!」
「何故?」
「佐助様ともあろうお方に、女中の仕事をさせるわけにはいきません!」
「させる 否 手伝う」
「それもなりませんっ、私が怒られてしまいますから‥」

そう、ただの一女中の私が佐助様と言葉を交わすことさえ本当なら恐れ多いこと。ましてや、名前を覚えてもらい、名前を呼ばせて頂いてるなんて、他の女中にはまずいないだろう。

「佐助ー!幸村様が呼んでるよー早くー!」

そこで伊佐那海様が佐助様を呼ばれる声がする。佐助様は弾かれたように、伊佐那海様の声がしたほうを見た。その瞳に伊佐那海様が映られたのか、頬がほんのりと赤く染まるのが見てわかった。

「諾 すぐ行く」

佐助様は伊佐那海様に返事をされ、申し訳なさそうに私に「手伝う できない すまない」と言って走って行かれた。私は安心したような少し残念なような複雑な気持ちが胸に残った。

「…お仕事、しなきゃ」

私はお膳を持ち直し、お台所へ向かって佐助様とは反対の方向へ歩きだした。伊佐那海様が少し羨ましく思ったのは、きっと何かの間違いなんだと思って。








女中、忍、お仕事、距離、とまどうあさ
(私は女中で)(貴方様は、忍頭)
(あのことがなければ)
(関わることはなかった)




120224

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