ごくごくと喉を通るスポーツドリンクが気持ちいい。ペットボトルから口を離して、隣に座る丸井くんを見た。結局、丸井くんの綱渡りは全然返せなかった。うーん、悔しい。
「それ一口」
なにが、って言う前に丸井くんは私の手からスポーツドリンクを奪って、ごくごく飲んでいた。全然一口じゃないじゃん!口を離したときには、ほとんど空っぽ。
「丸井くんの一口って一口じゃない」
「細かいこと気にすんなよ」
「ていうか、さらっと間接キスじゃん」
「なにそういうの気にすんの」
「や、あんまり気にしないほうだけど、今日初めて話した人と間接キスっていうのは人生初だったから」
「それはオレも初めてだな」
にかっと笑う丸井くんにつられて笑った。あれ、ていうか私ふつうに丸井くんと話せてる。全然ふつうに。丸井くんって案外話しやすい人なのか。男テニのキラキラオーラはあるけど、思ってったより近寄り難くない。
「近寄り難いとかそんな風に思ってたのかよぃ」
「えっなに、エスパー!?」
「いや、思いっきり口に出して言ってたからな」
「どっから…?」
「丸井くんって案外話しやすいーから」
「ま、マジで…」
「マジで。つーか、それ偏見だろぃ」
「あだっ」
丸井くんは私にデコピンをくらわした。なんか恥ずかしいやら、痛いやら、穴があったら入りたい。
「なんじゃ、丸井早いのぅ」
「珍しいこともあるんっスね」
「お前らおせーよ!」
丸井くんが声をかけたところを見て、声が出ない。なぜなら、私が苦手としている男子テニス部がぞろぞろと集まってくるから。うわー怖い、怖いよ。
「おや、姫さんじゃないか」
「ゆ、幸村くんっ」
最後に幸村くんまで登場しちゃった。本当にレギュラー勢ぞろい。しかも、幸村くんは勝手に私のこと紹介してるし。すごく居づらい。そんな私を他所にみんなはテニス仕度を始めている。これに紛れて帰ろうかな。
「姫帰ろうとか思ってないよな?」
「丸井くん本当にエスパーじゃないんだよね」
「図星かよぃ」
「今日部活休みって言ってなかったっけ?」
「休みだぜ?」
「じゃあ、これはなに」
「プライベートのテニスに決まってんだろぃ」
なんて豪華なテニスだ。しかも、このメンバー集まったらプライベートもなにもないんじゃないのかな。はたまた立海のジャージ着てなきゃプライベートっていうのかな。
「せっかくだから、オレたちのテニス見てけよ」
「えーでもー」
「いーから!みんなああ見えていいやつばっかだし」
お前の偏見なくすチャンスだから、と押し切られてしまった。なんか申し訳ない。さっそく試合が始まる。ジャッカルくん、丸井くんペアと仁王くん、柳生くんペアの試合。うわーやっぱりレベル高い。なんかエンターテイメント見てるみたい。とゆうか、丸井くんダブルスになるとあんなに輝くんだなぁ。あ、綱渡り決まった。すごく楽しそうにガッツポーズを決める丸井くんを見てたらこっちまで笑顔になる。
「へぇ、姫さんってそんな風に笑うんだね」
「ゆ、幸村くん!いつから隣にいたの?」
「さあ、いつからだろうね」
まじでびっくりした。気配全くなかったよこの人。幸村くんはニコニコと私を見ている。
「僕と話すときも、丸井と話してるときみたいでいいのに。いつも、すごく緊張してるよね」
「そ、そうかな?」
「ほら、今も緊張してる」
微笑む幸村くんを直視できない。かっこよすぎるよ、男テニはいちいち。だから、緊張するのかな。ばっちり言い当てられてるし。
「でもさ、結局は僕ら同い年で、同じテニス部で、君と僕、大して何も変わらないよ」
「そっかなぁー」
「姫さんは僕らを過大評価しすぎだよ。僕らはもっと平凡な中学生だ。ただ、テニスっていう得意分野があるだけの」
幸村くんはすごく穏やかで、包容力がある人だった。幸村くんの言葉一つ一つが説得力があって鵜呑みにしちゃいそうなくらい、言葉がすらすら入ってくる。
「あ、コート空いたみたいだね。よかったら一緒に打たないかい?」
「え、私と?」
「うん。これから親交を深める意味もこめて、ぜひ」
「じゃー、不束者だけどよろしくお願いしようかな」
幸村くんのほほえみに笑い返して、私はラケットをとった。そして、コートに立った私たちのところに丸井くんが飛び込んでくるまで、あと二分。
君と僕らの違い
(姫っ!オレとペアで試合!)
(え、丸井くん?)
(幸村は仁王とペアなっ!)
(なんじゃ、強引だのう)
(ふふ、何やら必死だね、ブン太)
(そんなことねぇよ!つーか、姫)
(なに?)
(…もっとちゃんとオレのかっこいいとこみとけよぃ)
(え?いまなんて言ったのー?小さくて聞き取れなかった!)
(なんでもねーよ!さっさと始めんぞ!)
(自分で呼んだくせにー変なの)
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