初めて涼ちゃんが負けたあの日から、ちょっとずつ変わり始めている。モデルの仕事を減らして練習に前よりも励むようになった。
練習試合の次の日、涼ちゃんはなんか少しすっきりした表情だったから、それとなく話を聞いてみたら、テッちゃんとバスケをしたらしい。やっぱりテッちゃんには敵わない。というか、バスケのことはプレイヤー同士が一番想いが伝わる、と思う。だから、いつもコートの外の自分がちょっと悔しい。
「陽っち!部活行きましょー」
「いま行く」
それでも、涼ちゃんが私を呼んでくれて、このスキルを必要としてくれてることが嬉しい。それだけで、そばにいられるから。マネージャーって立場を利用して私は涼ちゃんの隣に立っている、ずるいやつ。その自覚はちゃんとある。
「黄瀬くんっ、あの、ちょっといいですか?」
体育館へ向かう途中、声をかけてきたのは知らない女の子だった。たぶん、告白なんだろう。声が緊張して少し震えている。涼ちゃんは困ったように私を見た。私は空気を読んで、先に行ってるね、と言ってその場を去った。
別に涼ちゃんが告白されることなんて初めてじゃない。むしろ、出会ってからこれまで数えきれないほど彼が告白されてるのを知っている。その度に、私の心中はざわざわして気持ちが悪い。涼ちゃんがオッケーしないのはわかってる。わかってるけど、それでも万が一、オッケーしたらどうしようって思ってしまう。ずるくて臆病な私は涼ちゃんが告白されるたびにビクビクするしかないのだ。
ジャージに着替え終え、更衣室から出ると笠松センパイと森山センパイに出くわした。
「白藤、黄瀬は」
「あ、いま女子に告白されてると思います」
「なにっ!黄瀬のやつ羨ましいことされやがってっ」
「うるせぇ、黙れ森山。白藤あのバカ迎えにいってもらえるか」
「今日体育館練習じゃないんですか?」
「急に体育館の点検だかなんだかで一時間ばっかし使えなくなったんだわ。だから、ロードワークに変更」
「なるほど、わかりました」
その変更を伝えるため私は涼ちゃんを迎えに行くことになり、先ほど別れたところに戻った。幸か不幸か涼ちゃんはまだそこにいた。あの女の子と一緒に。いや、その女の子ボロ泣って、涼ちゃんかなり困ってるし。いま出たらかなり気まずいから陰に隠れて終わるのを待つけど、まあ、会話が自然と聞こえるわけで。
「だから、キミと付き合う気はないんス。悪いけど」
「じゃ、じゃあ、さっき一緒にいた人は、なんなんですかぁ…付き、合ってるんですか」
うわぁ、なにこれマンガみたい。そんなこと聞くか、こんなとこで。って、これって聞いていいの。本当はダメなんじゃないの。でも、涼ちゃんがなんて答えるか聞きたい。そう思って聞き耳をたてる。
「付き合ってないっスよ。それに姫っちとのことは…アンタに関係ない」
「っ、」
「それにオレいまはそーいうの鬱陶しいんで、マジごめん」
鬱陶しい、か。私だって一歩間違えたらそういう対象になりかねないんだ。だから、私は一番近いとこでそばにいられて、他の女の子たちとは違う存在でいられるこの位置に甘えてる。ずっとそうだった。どんなに好きでも、それは言っちゃいけない言葉。はあ、とため息をつく。切り替えなきゃ。
「あれ、陽っち?」
「うわぁっ!りょ、涼ちゃんっ」
「いや、そんなに驚かれるとは思わなかったス」
「あれ、終わったの…?」
「ついさっき。てか、どーしたんスか」
「あ、そうだった、今日最初ロードワークからになったから、それを伝えに」
「告白が気になってきたんじゃないんスね…」
「それより涼ちゃんっ、急いでよ!笠松センパイにシバかれる!」
「うわ、マジでそれはカンベンっス!」
そう言って二人で走り出した。ちらりと涼ちゃんの顔を見れば、前よりもずっと生き生きしていて、私が好きになったあのときみたいにキラキラしていて、胸が高鳴った。そう、こんな涼ちゃんを私は好きになったんだ。変わってほしかった。だから、テッちゃんとの試合は本当に、
「負けてくれて、よかった」
口元に手をあてるが、もう遅い。絶対に言っちゃいけないし、気をつけていた言葉を無意識に言ってしまった。足を止めた涼ちゃんは驚いた顔で私を見ていた。
「なにそれ、どーゆーイミっスか」
「あ、」
「なんスか、負けてくれてよかったって、オレの味方なんじゃないんスかっ」
「落ち着いて、涼ちゃん、あの、」
「陽っちは黒子っちが勝ってくれればいいって、そう思ってたってことスよね?だったら、黒子っちのとこに行けばよかったじゃないっスかっ!別にオレのとこじゃなくても陽っちはよかったんじゃん」
なにも言えなかった。私は涼ちゃんを傷つけた。そして、私はもう涼ちゃんに必要とされなくなった。時間が止まったようだった。
涼ちゃんが立ち去って行くのに、私は動けなかった。
ひびのはいったガラス
(当然だよ、嫌われて)
(私は涼ちゃんを裏切った)
130608