正直、こんなに試合が白熱するなんておもってもみなかった。わたしにとっては嬉しいことなんだけど。ただ心配なのは、涼ちゃんの腕にぶつかってテッちゃんが怪我をしてしまったこと。しかも、その状態でまた試合に戻ってきたこと。中学のときからそうだ、テッちゃんはいうも無茶ばっかりする。テッちゃんは私の心配なんかよそに、またミスディレクションを使って海常を追いあげる。
「…同点、」
ついに誠凛が海常に追いついた。一瞬喜んだのも束の間、涼ちゃんのスイッチが入った。ぎゅっと手を握りしめ、試合の行く末を見守る。瞬きなんてしたら見逃してしまいそうな試合展開に息することすら忘れそうになる。
「オレは負けねぇスよ。誰にも 黒子っちにも」
涼ちゃんの気迫たっぷりの言葉に胸がぎゅうっと苦しくなった。激しい点の取り合いが始まる中、私は涼ちゃんの言葉がずっと苦しいままだ。そんな言葉聞きたくなかった。そんなこと言う涼ちゃんは好きじゃない。だから、お願い、がんばってテッちゃん。そんな願いが叶ったのかわからないけど、最後の最後、誠凛がボールを奪ってゴールを狙いにいった。涼ちゃんのディフェンスを火神くんとテッちゃん、二人で立ち向かって、テッちゃんが大きくボールを放った。あと、一秒。涼ちゃんは火神くんのアリウープをブロックしに飛ぶ。
「テメーのお返しはもういんねーよ!なぜなら…」
「これで終わりだからな!!!」
火神くんはそのままボールをゴールに叩き込んだ。そして、ブザーが鳴り響いた。一瞬、なにが起きたのかわからなかった。けれど、脳裏に浮かんだ言葉が現実に引き戻した。
涼ちゃんが、負けた。
そのずっと願っていたことが本当に起きて、少し信じられない気持ちだった。試合が終わって泣いてしまった涼ちゃんを見て、夢じゃないと実感した。あとで涼ちゃんにタオル持っていってあげよう。きっと彼はこれから気がついてくれる、テッちゃんが伝えたいこと、私が思ってること。
試合後、悔しそうな監督と部員で清々しい笑顔が眩しいカントクさん率いる誠凛さんたちの見送りに外へと出た。涼ちゃんは初めて負けたショックでいまは一人にしてほしいと言ってここにはいない。私はこっそりテッちゃんに話しかけた。
「テッちゃんならやってくれると思った。ありがとね」
「対戦相手にむかって応援したり、感謝したり、いいんですか?」
「今回だけだって。もう次は負けないからっ」
「それはボクも同じです」
「でも、打倒キセキには賛成だから、今日みたいにケガしないように頑張ってね」
「…なら、一緒に誠凛にきてほしかったです」
「それとこれとは別だよ、テッちゃん。私がそばにいたいのはずっと涼ちゃんだから」
「そばにいるだけ、ですか」
その一言に言葉が詰まった。テッちゃんにはお見通しなんだ、私のずるさは。私はなにも言えずにただ苦く笑うしかできなかった。
「そろそろ涼ちゃんのとこにいこっかな」
「そうですか。黄瀬くんによろしくと伝えて下さい」
「りょーかい!じゃ、またね、テッちゃん」
手を振ってテッちゃんと別れ、私はタオルを持って涼ちゃんがいるであろう体育館裏へと急いだ。なんて声をかけようか。いま嬉しいなんてばれないようにしなきゃ。とりあえず、お疲れさまかな、とかそんなことをぐるぐる考えながらも体育館裏にたどりつく。だけど、そこには思わぬ人物がいて考えていたことが一瞬にして飛んでいった。
「…え、真ちゃん?」
「陽か、久しぶりだな」
「見にきてたんだ」
「まあな。だが、もう帰るのだよ。話にならん試合だった」
「…まーた、そんなこと言って」
「陽、やはりお前はオレのところにきたほうがよかったのだよ」
「ちょ、緑間っち!いきなりなに言ってんスかっ」
「真ちゃん、私は涼ちゃんを選んだこと後悔なんかしないよ」
「陽っち…」
真ちゃんは面白くなさそうに鼻をならして、一緒の男の子と帰っていった。ほんとツンツンしてるんだから。
真ちゃんたちの姿が見えなくなったとこで涼ちゃんのほうへ寄れば、すでにタオルを持っていた。ちょっと遅かったな。
「落ち着いた?」
「…まだちょっと、整理できてないっス」
「初めて負けちゃったね」
「陽っちイジワルっス…」
「あ、泣きたい?泣きたいなら特別に私の胸をかしてあげよう!」
「なななに、なに言ってんスか!つーか、それフツー逆っ」
「なによー、私は涼ちゃんなら全然オッケーよー」
「カッコ悪いんで、遠慮するっス」
私は割と本気だったんだけどなあ。いま言っても冗談にしかならないからやめておこう。だから、その変わりに背伸びをして涼ちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「お疲れさま」
そう言ったら涼ちゃんの顔が苦しそうに悔しそうに歪んだ。
涙なんて、いくらでも流せばいいよ
(負けたキミはもっと強くなれるよ)
(きっと大切なものみつかるはず)
130608