桐皇戦から三日後、早くもウィンターカップに向けた練習が始まっている。始まっているんだけども。
「空気重いなぁ」
気合いが入っていた一戦だったから、あの敗北をすぐに切り替えるのは難しいだろう。でも、そんなことだろうと思ってね、今日は持ち込みがあるわけよ。お昼休憩中のレギュラー陣のグループに私は突撃訪問した。
「お祭りいきましょう!」
「は?」
急に切り出したものだから、笠松センパイは眉間にシワを寄せながら私を見ている。笠松センパイだけじゃない、全員の疑問に満ちた視線を集めていた。
「だーかーらーお祭りですよ!夏休みなのにそれらしいことしてないですし、たまにはいいじゃないですか!花火大会もあるんで行きたいです!」
「…いいね、行こう」
「そうだな、みんなで行くのもいいんじゃないか?なあ笠松」
一番最初にノってくれたのは森山センパイ、そしてその後に小堀センパイも賛成してくれて、後はなし崩しにレギュラー陣全員で行くことが決定した。
***
普段なら全体練習が終わった後は自主練に励むレギュラー陣は、夏祭りで賑わう神社にいた。最初はそんなにノリ気じゃなかった笠松センパイも心なしか浮かれてるようだった。
「なかむあ!あ(れ)!あ(れ)!オ(レ)あ(れ)や(り)たいっ!」
「…は?なんて?」
「はしゃぐのはいいけどはぐれるなよー」
「小堀…お前は保護者かよ」
はあ、と呆れる笠松センパイに小堀センパイは、はは、と笑うだけだった。
「陽っちが一番はぐれちゃダメなんスからね?」
「なんで?てか、はぐれないよ」
「おい、すごく可愛い子がたこ焼き売ってたぞっ!買いに行くぞ、中村!」
「なんでオレなんですか…」
「主将!射的や(り)ましょう!」
「ち、けぇよ!」
「小堀センパイ、涼ちゃんがまた女の子に捕まってます」
「陽が迎えにいったらいいんじゃないか?」
わいわいと騒ぎながらもお祭りをみんなで楽しむ。周りからの視線も集めながらなのだけれど。だって、ガタイのいい男子高校生6人の中にキセリョがいて、相当騒ぎながら進んでいるのだから。でも、みんな楽しそうだったから誘ってよかったと心の底から思う。
センパイたちとはぐれないように後ろをついて歩きながら、周りの屋台を巡る。少しこの集団から離れた涼ちゃんはすぐに女の子に囲まれているが見える。声をかけようと思えば、すっと森山センパイが涼ちゃんのもとに近づいていった。あ、もう大丈夫だ。すぐに女の子たちは引いていっちゃうだろうから。
「なかむあ!次っあ(れ)!」
「ちょ、引っ張るなっ」
ぐいっと中村センパイの腕を引っ張り早川センパイがずんずんと人混みの中を進んでいった。前を見れば小堀センパイは何かの屋台に興味を持ったらしく、笠松センパイに話しかけている。そっちについて行こうとしたとき、足にどん、と何かがぶつかった。
「あ…ごめんなさい」
「大丈夫だよー、次から気をつけようね」
幼稚園児らしい男の子だった。しゃがんで目線を合わせれば、男の子はほっとしたみたいだった。すぐにお母さんが追いついて、すみませんと言って、今度は手を繋いで人混みに消えていった。
「あ、やば」
そんなちょっとした出会いを経て、私はみんなとはぐれてしまった。人混みをかき分けながら、涼ちゃんとセンパイたちを探すのだけれど、来たときよりも人が増えていてなかなか見つけられない。流れに任せていたら人気のない境内のほうについたので、階段を登って携帯を取り出した。案外見つからないものなんだなぁ、と思いながらアドレス帳を開いたら、画面が真っ暗になった。電池切れ、だとう…よりによってこんなときに。
ため息をついて携帯をカバンに戻した。さてこれからどうしようか、誰か見つけてくれないかなぁ、なんて淡い期待を持つ。
「お、可愛い子はっけーん」
「なになに、一人?」
「お祭りに一人とかつまんないでしょー?オレと一緒に遊ぼうよ」
わたしを見つけてくれたのは海常のみんなじゃなくて、明らかに軽そうな男三人組。私の目の前をぐるっと囲んでニヤニヤと笑っていて、すごく不愉快だった。こういうのに絡むとロクなことがない。シカトを決め込んでいると、一人が顔を近づけてきた。思わず顔をしかめてしまう。
「なあに、シカトしてんの?」
「なあ、いーじゃん、遊ぼーよ?」
「……私、連れがいるので」
「ほんとはナンパ待ちなんじゃねぇの!」
「っ、違いますっ!」
からかうような笑いと、不愉快極まりない声のせいでつい声を荒げてしまった。それが相手にとっては面白い反応でしかないのに。きっと睨めば、別の男が怖いねぇと言って私の腕を掴んだ。ぞわっと背中が粟立つ。
「離してっ」
「いいじゃん行こうぜ?」
「…手、離せよ」
すっと伸びてきた手が私の腕を掴んでいた男の手首をひねり上げた。ばっと見上げれば、鋭い目つきで男たちを睨む涼ちゃんがいた。涼ちゃんは男の手首を離すと、今度は呆れた眼差しを私に向けた。
「もう、何やってんスか。はぐれないでって言ったでしょ」
「ごめーん」
「てめ、いきなりなにすんだよ!」
涼ちゃんはぐいっと自分のほうに私を引き寄せる。男たちは突然現れた涼ちゃんを睨みつけ、まさに一触即発の空気だ。
「あ!みつけたーっ!!」
その空気を破ったのは大きくて早口な声だった。その声が響いた後、ぞろぞろと私の周りを囲う頼もしいセンパイたちで視界がいっぱいになった。
「ったく、何してんだ!」
「まあまあ、怒るなよ笠松。陽が見つかってよかったじゃないか」
「心配したよ、陽ちゃん」
「高1で迷子になるとか…はぁ」
「陽!大丈夫だったか!?」
「…すみませんでした、センパイ方」
矢継ぎ早に声をかけられて私はそう答えるのが精一杯だった。でも、それ以上に嬉しい気持ちで満たされていた。なので、すっかり忘れていたことがある。
「…おい、テメェら」
ナンパの男の人たちです。センパイたちと涼ちゃんは声をかけられた途端、試合中かそれ以上の凄みで男たちを睨んだ。
「うちのマネージャーに何か用か?」
「用があるなら、まずオレたちを通してもらおうか」
「そもそも男三人で一人の女の子にナンパなんて、運命的じゃないね」
「まず男としてカスですね」
「男らしくないなっ!」
「…つーことで、陽っちはアンタらが気安く話しかけていい女じゃねぇんだよ」
「…で、もう一度聞くが、うちの陽に何か用か?」
笠松センパイのその一言で完全に怯んだ男たちはそそくさと退散していった。そして、私は嬉しいのと恥ずかしいのと、いろいろ混ざって顔が熱い。とりあえず、怒られるの覚悟で視線を持ち上げたら、予想に反してみんなの顔が優しかった。
「ほら、花火見んだろ。行くぞ」
笠松センパイはそう言って歩き出した。小堀センパイは私の頭を優しくぽんと叩いて笠松センパイの背中に続く。それに続く森山センパイはウィンクを、中村センパイは少し乱暴に頭を撫で、早川センパイは二カッと笑って、そして涼ちゃんは私の手を握って。
「はぐれないように、ね?」
「うんっ」
涼ちゃんに手を引っ張られながら私もセンパイたちの後を追った。
ENJOY SUMMER
(海常にきてよかった)
(素敵な一日だよ)
130623
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無駄に長くなった_(:D」 ∠)_
海常のみんなでわちゃわちゃしてるのが書きたかったのだけれど、誰が誰やら。とりあえず、ため息とかカスって言ったのは中村センパイ。中村センパイ私の中で毒舌、Sキャラ。うちの〜って言ったのは笠松。その次が小堀さん。わかりにくくてごめんなさい。
満足っ!