おいかけっこ | ナノ



梅雨は好きじゃない。いや、好きな人なんてそんなにいないんじゃないかな。まあ、私もそんな一人で。それでも今日くらいは晴れてほしかった。そんなこと私が願っても叶わないことなんだけど。それに降ってしまったものはもう仕方ない。私は傘と何も入っていないビニール素材の袋を持って学校に向かった。

今日は少し早くから朝練が始まる。うちのエースくんのせいで。体育館に入れば早くも何人かの部員が練習を始めている。私は自分の仕事にとりかかろうとしたとき、後ろから元気な声がした。


「おはようっス、陽っち!」

「おはよう、涼ちゃん」

「ね、ね、陽っち…」


そわそわしながら涼ちゃんが話しかけてくる理由は、今日という日だからだろう。今日は黄瀬涼太の誕生日だ。おめでとう、と言おうとしたとき集合の号令がかかってしまい、涼ちゃんはしょげながら練習に入っていった。

そして、時間が経つにつれてだんだんと活気づいていく体育館。部活の活気もあるけれど、それを上回る勢いの女子たちである。ああ、やっぱりこうなった。そう思いながら体育館に押し寄せる女子たちを私は必死に抑える。なんとか体育館に踏み入れようとするファンの子たちを抑えておいた間に朝練が終わった。いや、終わってしまった。
笠松センパイの号令とともに一気にファンの子たちがなだれ込んだ。涼ちゃんのもとにファンが群がった後、もみくちゃにされた私はぐったりして床に座り込んだ。


「大丈夫か?」

「…なんとか、大丈夫です」


心配して手を差し伸べてくれた笠松センパイの手をとって立ち上がった。近くでレギュラー陣が若干引きつりながら、プレゼントの嵐に見舞われている涼ちゃんを見ていた。あ、ただ一人森山センパイだけはすごく羨ましそうでした。


「すごいな、あれ」

「あ、小堀センパイお疲れさまです」

「あ(れ)だけで、プ(レ)ゼントもらい尽くすじゃないですかね!?」

「そうだったらいいんですけどね」


あのくらいで済んでくれたら苦労はない。あれで済むはずがない、その予想は違わなかった。ありとあらゆる休み時間、涼ちゃんはお祝いされっぱなしだった。お昼休みになって私は笠松センパイに、ものすごい勢いで女子に囲まれている涼ちゃんの写メ付きでメールを送った。たぶん、部活ままならないですよ。と。メールを送信してから三分後、笠松センパイから返信が届いた。

『わかった。黄瀬に今日は部活に来るなって伝えろ。』

あ、休めじゃないんだ。笠松センパイに了解です、と返信をしてから、今度は涼ちゃんに笠松センパイからの伝言を打って送信した。どうせ近づけないしね。

放課後、HRが終わってすぐに涼ちゃんが詰め寄ってきた。


「ちょ、陽っちこれどーゆーことっスか!」

「笠松センパイからの命令だけど?あと、はいこれ」


そう言って涼ちゃんに渡したのは今朝持ってきていた袋。涼ちゃんはそれをなにか期待したように受け取った。


「陽っち、これ…!」

「それただの袋だよ。どうせプレゼント持ちきれないでしょ?じゃ、私は部活いくから」

「ひでぇ!」


あーだこーだ言う涼ちゃんを無視して私は部活へと向かった。一度振り返れば既に涼ちゃんはまた女の子に囲まれていた。雨がざーっと降りしきる中、私は体育館に入った。本当、今日は憂鬱になる日だ。

いつも通りに部活が終わり、私もいつも通りに上がった。外はまだ雨が降っていて、 帰るのが少しめんどくさいとか思いつつ歩き始めた。


「涼ちゃんに、おめでとうって言いそびれちゃったなぁ」


今日は一日涼ちゃんとほとんど会話することなく終わってしまった。年々、涼ちゃんが貰うプレゼントの数が増えてるような気がする。それだけ人気者ってことか。いいことじゃない。あ、でも、プレゼントは消耗品以外は受け取らないとか言ってたなぁ、いっちょまえに気取っちゃって。あ、それよりおめでとうって伝えとかないと。校門を出たところで、今では少し時代遅れのガラケーを開いた。


「メールでいっか」

「…メールはイヤっス」


声がしたほうを向けば、そこには拗ねてる涼ちゃんがいた。涼ちゃんはいつからそこにいたのか裾が濡れている。しかも、身体が大きいから傘がカバーできずに所々濡れている。


「なにしてんの!?風邪引くでしょ!?」


慌ててタオルを取り出して涼ちゃんの濡れている肩の辺りを拭く。


「陽っちのこと待ってたんスよ」

「え?」

「オレ今日誕生日なんスよ?」


顔をあげてみれば、涼ちゃんがぷくっと膨れて私を見ていた。そのあまりにも子どもっぽい表情に思わず吹き出してしまう。それに対しても涼ちゃんは、何で笑うんスかぁ!とまた拗ねてしまって、謝らなきゃと思いつつ笑いが堪えられない。


「ごめ、ちょ、まっ、ははっ」

「陽っちぃー!」

「あー、ごめんごめん」


目元にうっすら浮かんだ涙を拭って、涼ちゃんが持っていた三つあるプレゼントの入った袋のうちひとつ持った。


「涼ちゃん、家こない?プレゼント、渡したいんだけど」

「…!いくっス!」


こうして機嫌を一気に直してくれた涼ちゃんが本当に一瞬おっきいワンコに見えたのは内緒にしておく。とりあえず、雨に負けないように大きな声で涼ちゃんをお祝いしよう。





誕生日おめでとう!
(プレゼントはバスケットボールでーす)
(キセキと海常のみんなのメッセージ入っ!)
(大切にして頂けると嬉しいです)
(チョー大切にするっス!)



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