梅雨に入って、最近は空も灰色の雲が埋めつくしている。そんな近頃だが、学生はそれよりも憂うつになることがある。それはテストだ。海常高校に入ったあの二人も例外ではない。
お馴染みのように黄瀬は白藤家に上がりこんでいるが、いつもと違うのはリビングのテーブルに教科書とノートを広げていたことだ。
「なんでテストなんてあるんスかね」
唇を尖らせ文句をたれる黄瀬に陽は呆れるわけでもなく、はたまた構うわけでもなく黙々と問題を解いている。
「明後日テストなのは仕方ないんだから、ちゃっちゃと勉強しましょーねー」
今日からテストが終わるまで部活ができない。それも苦痛であろうが、赤点を取れば放課後に補習を受けなければならないため、また練習する時間が減ってしまう。それだけは避けたい黄瀬は成績優秀者の陽に勉強を教えてもらいにきたのである。
陽に促されて黄瀬は渋々シャーペンを動かすが、5分も立たずに手が止まってしまう。それを見た陽も問題を解く手を止めた。
「涼ちゃんって、ホント勉強できないよね」
「うっ、」
「赤点じゃないのは救いだけど、いつもギリギリなのはどうにかしたいよね」
返す言葉もない黄瀬に容赦無く言葉を続ける陽には微塵の悪意も嫌味もなく、純粋に感想を言っているだけだった。しかし、それがわかっているからこそ黄瀬には刺さる言葉だった。
「もうちょっと頑張ってくれるといいんだけど」
「陽っち、もうカンベンして…」
「ん?ああ、それより問題だったね、どこわかんない?」
黄瀬の傷心など知る由もない陽は言うだけ言って、黄瀬のわからない問題を見始めた。そして、ノートにわかりやすい解説を書きながら黄瀬に教えていく。黄瀬は黄瀬で必死に理解しようと、陽の話を聞いている。
(こういうとこ、素直だよなぁ)
陽は素直にそう感じた。東京にいる幼馴染コンビはきっと大変だろう、なにせやる気が違うのだから。そう思えば自分は楽だな、と陽は目の前にいる黄瀬を見て思った。
(大ちゃんは壊滅的にバカだからなぁ。涼ちゃんでよかった)
(さっちゃん、頑張れ)
密かに東京にいる親友に心の中でエールを送った。目の前にいる黄瀬は順調に問題を進めている。それを見て陽も自分の勉強にまた戻っていった。
「つっかれたぁー!」
「お疲れ、涼ちゃん」
ぐいっとソファで背伸びをする黄瀬に陽はコーヒーの入ったカップを手渡した。黄瀬はそれを一口飲んで息をついた。明るいうちから始めた勉強会も、気がつけばすっかり日が落ちる時間になっていた。
「オレこんな勉強したの久々っスよー」
「今日やったとこテストでちゃんと忘れないようにね」
「はーい」
ズズッとコーヒーをすする黄瀬はまだ問題を見つめる陽に感心するしかない。なにせ中学のとき、陽は緑間とよく勉強していたくらい、勉強熱心なのだ。それに対して黄瀬は普段あまり使わない頭を使ったからか、少し眠くなってしまう。半分ほどコーヒーを飲んだカップをテーブルに置いた。
「陽っちー」
「んーなにー?」
陽は黄瀬に呼ばれて振り返ると、人懐こい笑みを浮かべながら両手を広げていた。その行動に陽は眉を寄せ、その意味について思案する。
「眠くなったっス」
「うん、毛布?」
「違うっスー、陽っちですー」
ちょっと拗ねたように黄瀬は言った。そして、早く早くと言いながら両手をバタつかせる。陽は悩んだ末に、黄瀬の足と足の間に腰を下ろした。そうすれば黄瀬はその鍛えられた腕を陽の身体に回した。
(うわ、やっぱ陽っちってちっちゃいし、柔らかいし、いい匂いする)
(涼ちゃんって本当にいい筋肉のつきかたしてるなぁ)
(てか、陽っち抱きしめられてるのに全然動じてないっ)
(涼ちゃん最近忙しいから、女の子とこういうことしてないんだろうな)
(もしかしてオレって眼中にない感じ?)
(女の子なら誰でもいいのかな)
お互い何も言わないまま、黄瀬は陽を抱いてゴロンとソファに寝っ転がった。大きめのソファは二人を包み込んでも、まだ少し余裕がある。そんなソファに身を沈め、黄瀬は少しぎゅっと腕に力をこめてから目を閉じた。
気がつかない僕ら
((あーもう、超ドキドキする))
((どうかバレませんように))
130616