▼ 願わくばもう一度
「あと十日ばかり先でしょうか」
夏の陽射しを浴び、生に満ち溢れていた木々はいつの間にか秋の色に近づき、冷たくなった風にその葉先を揺らしていた。
「あぁ、もう少しかかるだろう」
秋に染まる葉の中にはまだ名残惜しそうに緑が残っている。見頃はもう少し先だろう。そう頷くと、ななしはたちまち目を輝かせながらこう言った。
「義勇さん、確か月末に非番の日がありましたよね?その日、私も非番なんです」
共に柱として隊を仕切る立場にある彼女もまた忙しい。滅多に非番が被ることはないのだが、珍しく予定が合う日があるとのこと。
「そうか、ではまたここに来るか」
「え?!」
「どうした」
「い、いえ。義勇さんからお誘いしてもらえるのは初めてで…その少し驚いてしまいました」
そうだったか、否…自分なりに何度かななしを誘った記憶はあるのだが。何故彼女に伝わっていないのか不思議だったが、それよりもそう思わせてしまっていたことに申し訳ないと思った。
「…すまない」
「ふふ、嬉しいです」
「そうか…。まだ少し先だが楽しみだな」
「きっとここの紅葉は、さぞ美しいでしょうね」
目を細め、首を傾げて微笑むななしは本当に嬉しそうだった。
なのに今、目の前の彼女は朱色の絨毯の上に身を伏せている。青白い首から流れ出たものを止める術などなく、ただその場に立ち竦んだ。
唇をなぞればただそこは冷たく硬く、目の前で起きていること全てを否定したくなった。
刀を握る手には紐が結ばれており、刃は折れ、きっと最期の最期まで鬼に立ち向かったのだろう。
よく戦った。そして、
「よく生きた」
鮮やかな朱が風に舞い、その首元に溶けるように沈んでいった。
「ねえ、義勇さんってば!」
ハッと、その声に振り返ると、頬を膨らましたななしがそこにいた。
「私の話聞いてた?」
「……あぁ」
「もうっ、それ聞いてないよ絶対」
「すまない」
「もー…」
表情の柔らかさやコロコロと変わる表情はあの時と変わらないが、口調や自分に対する態度が随分と近しいものになったのは、この時代だからか。その表情をぼんやりと眺めているとななしは呆れたように呟いた。
「だから、再来週くらい紅葉が見頃だから、一緒に行こうって言ったの」
別れの言葉も伝えられないまま逝ってしまった彼女
守り抜くと心に決めていたのに結局また守れず失ってしまった彼女
嬉しそうに語ったあの日の約束はずっと果たせないまま
どうですか、と首を傾げて微笑む目の前のななしがどうしようもなく愛しくて、もう失いたくなくて。細い手首を引っ張り、その唇を塞ぐと柔らかく温かい感触が伝わり、なんとも言えない感情に襲われる。
「ぎ、義勇さん…?!」
驚いて離れようとするななしを閉じ込めるように抱きしめると次第に大人しくなる。
「もう、どこにも行くな」
「えええ?紅葉のこと?」
「違う」
「え?何?どういうこと?」
「何でもない」
「何それ?!気になるよ、教えて」
知らなくていい。何もかも、知らないままがいい。あの日々のことは。
再び離れようと騒がしくなるななしの顎を掬い、唇を合わせた。
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