小説 | ナノ


▼ 06




パラパラと崩れ落ちる壁の向こうに、人影が見える。逆光だけどそのシルエットでそれが誰かなんてすぐ分かってしまう。一歩、二歩、部屋に響く靴の音。
どうして、


「今すぐななしから離れろ」


どうして、目の前にクラウドがいるの。
粉塵が舞う中、姿を見せたのは会いたくて会いたくて仕方がなかったクラウドだった。剣を構え、見下すようなその瞳はまるで切っ先のように冷たく鋭くて、私ですら震えるほど。目の前のアリシアの顔がどんどんと青ざめていく。
どうしてここに、そんなこと薬に侵された頭で考えても分かるわけがなくて、でも

「クラウド…」

小さく、絞り出すようにその名前を呼ぶと、安心したのか私の頬をぽろぽろと涙が頬を伝っていく。
助けに来てくれたんだ。連絡もしてないのに。どうしていつも私がピンチの時、助けに来てくれるのかな。どうして、いつもそんなに優しいの。どうして。溢れる涙と思いに視界が歪んでいく。

「あんた、ななしに何した」
「お、俺はまだ…!まだ何も…!!」
「……まだ?」

ブンッ、風を切る音がしたと思った瞬間、壁に剣が根元まで突き刺さっていた。小さく引きつるような悲鳴を上げたアリシアの頬に、赤い一筋の線が線がじわりと浮かんだ。

「な…ッ、痛……ッ!!!」
「ななしから離れろ。今すぐにだ。さもないと次はあんたを狙う」

クラウドが背中の剣に手を伸ばすと、アリシアは飛び退くように私から離れた。その反動で軋むスプリンク。たったそれだけの振動でも身体に熱が走ってしまい、息が苦しい。僅かだが動くようになった指先でシーツを握りしめることでしか、この熱を紛らわすことが出来ないのがもどかしい。思わず漏れた小さな呻き声に、クラウドがハッとこっちを見た。

「ななし!……ななしに何をした」

腰が抜けたのか、這いつくばるように部屋の外に逃げようとしているアリシアの首元に、剣の切っ先を突き出した。それは、少しでも動いたらその喉元を傷付けてしまうほどの距離で、アリシアが息をのんだのが分かった。

「俺はただ薬を少しだけ…っ」
「薬…?」
「ヒィッ!分かった、分かったから!ちゃんと話す!」

カチャリ、音を立てて光った剣にアリシアが後ずさるが、追うようにゆっくりとクラウドも歩み寄る。ここからじゃクラウドの表情は見えないけれど、きっと本気だ。きっとクラウドはこのままアリシアを…
そんなことさせてはダメだ。証拠は掴めなかったけれど、この会社には裏があるのは確実だ。捕獲して吐き出させなければならない。

「催淫剤を少しだけ…っ」
「催淫剤…?」
「だ、大丈夫だッ!暫くしたら効果は消えるッ!だから、」

アリシアが言い切る前に、クラウドの右手が大きく宙を描いた。
待って、ダメ、


「クラウド!!!」


精一杯の出した声に、クラウドが私を振り返った。ビリビリと走る衝撃に、また息が上がる。ダメ、クラウド。そいつは殺してはいけない。首を横に振ってそう訴える。

「……ッ、命拾いしたな。だけどこの先、俺はあんたが死ぬかどうかは知らない。下で俺たちの仲間が客人たちを避難させ、従業員を捕獲してる」
「な…っ」
「このホテルはもう時期崩壊する。その後のことは、俺は知らない」

何も言い返せず悔しそうに歪ませたその顔に、かつて人気を博した大手の社長、アリシア・カナルの面影はどこにもなく、震える足で彼はどこかに消えていってしまった。



「ななし…!!」

クラウドがこっちに駆け寄ってくる。小さいが僅かに爆発音が聞こえ、クラウドが言っていた仲間とはティファやバレットのことだろうか。助けに来てくれたみんなの優しさと、自分の不甲斐なさにまた視界が歪んでいく。

「ななし…大丈夫か。遅くなってごめん…」

そんな顔させたくないのに。まるで泣き出してしまいそうな程苦しそうな顔をしたクラウドに、胸が痛んでまた頬に涙が伝っていく。もう、泣いてばかりだ、私。
ごめん、そう呟いて涙を拭おうとクラウドが私の頬に触れた途端、強い衝撃が走った。

「ぁ……ッ」

思わず漏れた甘い声にクラウドの肩がびくりと震えた。恥ずかしい、ただ頬を触られただけなのに。二人の間に変な空気が流れた。
だけど、そうこうしている間に爆発音が近づいてくる。もしかしてティファたちはここまで爆発させる気なのか。とういうか、下が爆発しているなら、どこから逃げるの?だってここは確か35階建てのホテルの最上階で、つまり、ありえないけど

「ななし、俺に掴まれるか?」

いや、クラウドならありえるか。私は首を縦に振った。少しずつ薬が切れてきているのか、動くようになった身体で、ゆっくりと起き上がる。それでもまだ、身体は熱を帯びて頭はぼんやりと霧がかかったようで、シーツと肌が擦れる感触に反応してしまうくらいにはある。このまま、クラウドに抱き付いても大丈夫なのか。でも、それ以外に方法も時間ももうない。
よし、小さく自分に気合を入れ深呼吸を繰り返す。

「大丈夫。クラウド」

ゆっくりその身体に腕を伸ばした。
膝の裏と背中に回る逞しい腕。擦れる感触に僅かに身動ぐと、クラウドの動きが止まって、大丈夫だよと伝えると、身体が宙に浮いた。
力の入らない腕ではしっかりとクラウドの身体にしがみつけなくて、バランスを崩しそうになってしまうため、クラウドの首に腕を回してぴったりと身体を密着させないといけないのだが。
密着したところが疼くように熱くて、息が苦しい。

「あ…っ、はぁ…っ」

食いしばっても漏れる声に更に身体が熱くなっていく。

「ごめ、ん、クラウド…っ」
「…ッ!ななし…、あんまりそこで喋らないでくれ」

ごめん、またそう呟くと、クラウドの腕にグッと力が入った。
爆発音は更に近づき、遂にはこの部屋の床も大きく揺れ始めた。きっと、このままここは崩れていく。
クラウドが窓に向かって剣を投げると、大きな音を響かせ窓が大破した。

「行くぞ」

そう言って、クラウドは窓の外へと身を放ち、投げた剣をキャッチしながら宙へと降りた。

全身に感じる重力と浮遊感。地上まで何メートルなんて知りたくもないけれど、下に見える車が信じられないほどに小さくて、ぎゅっと腕に力を込めると返すようにクラウドの腕の力も強くなった。ゆっくり回転しながら、引き寄せられるように落ちていく私たち。そっと顔を上げると、真剣な目をしたクラウドがいて、私の視線に気付いたクラウドと目が合って心臓が跳ねた。

「大丈夫か?」
「うん。平気」

速まる心臓の音を誤魔化すようにその胸板に頬を寄せる。怖いけど、クラウドがいるから、絶対に大丈夫。どんどん地面が近付いていく中、熱に浮かされながらも、それだけははっきりと分かった。



そのまま、クラウドは吸い込まれるように地に足を付けた。衝撃も勿論あったけれど、ほとんどないに等しいくらいでその身のこなしはさすがだ。

「フェンリルのとこまでもう少しだ」
「う、ん。ティファたちは…?」
「ティファたちには先に脱出して戻ると伝えているから心配ない」
「そっか」

フェンリルが置いているところまで一体どれくらいあるんだろうか。一度治まったように思った熱は、クラウドが私を抱いて走る度、ダイレクトに身体に伝わる振動や、クラウドの服に擦れる度に増していくばかりで、また少しずつ息が上がってきた。それに加え、この状況。密着する身体に、鼻腔を掠めるクラウドの匂いは今の私には興奮材料でしかない。太腿を掴む指一本一本の僅かな動きですらはっきりと分かってしまう。熱い、熱い、熱くて、身体が疼いて仕方がない。

次第に首に回していた腕の力が抜けていき、クラウドが私の異変に気付いた。

「ななし…?大丈夫か?」
「だいじょ、ぶじゃ、ない…っ」

もはや、クラウドに名前を呼ばれるだけで身体が疼くくらいに熱を持っていて、額に滲んだ汗を拭ったその手にまた甘い声が漏れてしまう。
潤む瞳で見上げると、クラウドが息をのんだ。


もう、限界。



「クラウド、抱いて…」








prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -