▼ 03
今は、ななしを信じて帰ってくるのを待とう。
ティファとの話し合いの結果、一先ずななしの帰りを待つことになった。本当は、自分の中で気持ちの整理がついてから、直ぐにでも伝えたかったけれど今は待つことの方が大切なのかもしれない。たった数日、我慢だ。
「よし、終わりだな」
最後の配達を終えた頃、既に時刻は21時を回ろうとしていた。昼の件もあり予定より遅くなってしまったが、この時間ならまだ間に合う。
フェンリルに跨り、セブンスヘブンとは逆方向に向かう。目的は、ただ一つ。
「メンテナンスを頼む」
「兄ちゃんギリギリだったな。もう閉店するとこだったぜ」
そう言って、カウンターに置いた合体剣を店主は気怠げに手に取った。
待つ、と決めた。だけどどうしても引っかかる。何もなければそれでいい。ただ、本当に裏はないのか。それだけが気がかりで、向かったのは一件の武器屋だった。
「それと、少し聞きたいことがある」
面倒くせェ客が来たとその顔が露骨に不機嫌へと変わる。
客相手にその態度はどうなのか、文句の一つも言いたくなるがぐっと堪え、金は出すと伝えると、その表情は一変、店主は嬉々として武器を磨き始めた。
「ただし、有力な情報だったらだ」
「まぁー、なんだ。俺の知ってることなら教えてやるさ。で?何だって?」
「…カナルカンパニーのことを知りたい」
武器屋では知らない人間はいないだろうその名を口にすると、店主は険しい表情を浮かべ、何かを思い出すように「あぁ」と宙を見上げて、再びゆっくりと視線を落とした。
「大して良くもねェ武器なのになぁ。やたらめったら評判だけは良くてな、金のない若い客や初心者は大体あっちに持ってかれんだわ。うちの客も例外じゃなくてね、お陰で売上も上がったりよ」
「そうか…何か噂は知らないか?例えば、麻薬の密売とか…」
「麻薬だぁ?ンなこたぁ聞いたことねぇがなぁ。でもまぁ、あれだけでかいんだ。汚ぇことの一つや二つ、やってんだろうな」
やはり、同業者でも流石にそんな話しが横流しになっているわけではないようだ。そもそも情報屋が知らないような話を一般人が知る由もないか。
長居する必要はなさそうだと思った時、店主はそういえばと話し始めた。
「あそこの社長、相当な女好きらしいな。今度でっけぇパーティーを開くらしいぜ。顔はいいし金もある。最近じゃメディアにも出てんだろ?大勢の女が参加するらしいし、気に入った女がいればヤリ放題だな」
「ヤリ放題…?」
「あァ?セックスし放題だって言ってんだよ。しかも兄ちゃんが言う麻薬っつーのがあそこにあるんだったら、相当好き勝手に遊べるのかもなぁ」
あー、金があって顔もいい男は羨ましいねぇ。
ぼやく店主の言葉がだんだんと遠くなっていくようだった。
頭痛がする。危険だとは分かっていたけれど、いざ言葉にされると言いしれようのない焦りが滲む。もし本当にそんなことが起きたら。考えたくもない。あの傷一つない滑らかな肌に他の男が触れるなんて。
黙り込んだ俺に店主がニヤりと下卑た笑みを浮かべて小指を立てた。
「まさか、兄ちゃんのコレも行くのか?」
「…そ、そういうのじゃない」
「ほぉー…、いいねェ若いってよ」
「………」
結局店主からはそれ以上の情報は得られず、武器を受け取ってその店を後にした。
もちろん、見合ってるかは分からない金を置いて。
出来ることなら、今すぐにでもななしのことろに行きたい。行って、でも、どうする…?
脳裏に過ぎるななしの傷付いた顔に、ただため息を吐くことしか出来ずにいると、胸ポケットの携帯が小さく震えた。画面を開き通話ボタンを押すと、間髪入れずに焦ったような声が響いた。
『クラウド!カナルカンパニーのことなんだけど、やっぱり少し気になって調べたの。そしたら…』
いつも落ち着いているティファの焦った声に嫌な予感がする。
カナルカンパニーのことが気になっていたのは自分だけではなかったらしい。
あれだけの大手会社に一人で潜入するのは誰が見ても危険で、きっとティファだってななしを止めたかったのかもしれない。
続きを促すように、そしたら?と聞く。ティファを、自分を落ち着かせるようにゆっくりと。
『あのね、依頼人に聞こうと思って色々調べたんだけど、その依頼人、カナルカンパニーの人間だったの』
「どういうことだ?何で自分の会社を調べるようなことを…」
……まさか。
『罠よ。わざとカナルカンパニーにななしを呼んだのよ』
「理由は?」
『分からない。情報屋としてのななしが必要だったか、ななし自身が必要だったか…』
情報屋としてというより、スパイとしてななしを必要としたか、それともどういう経緯があったかは分からないが、あの女好きと言われる社長がななし自身を気に入って接触しようとしているのか。
どちらにしても、事実を知った時、ななしが条件をのむとは考えられない。
そうなると…
『きっと、拒めばななしの命が危ない』
裏で何かやっているのであれば、人一人消すことも容易い。
携帯を握る手に力が籠る。
『クラウド、どうしよう…!ななしが…っ』
「あぁ…」
『待ってようって言ったけど、やっぱり心配だよ…!』
「分かってる」
「ティファ、大丈夫だ。ななしは必ず連れて帰る」
ななしには指一本触れさせない。
夜風を切る中、フェンリルの速度を上げ、目的の場所へと向かった。
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