▼ 02
「確か、あの本の話だと神社の裏側にあったよね」
「さっきいたのが正面だとしたら、こっちが裏側になるのかな…」
「うげっ、結構ヤバくない?てゆうか道がない…」
神社の裏側に回ると、雑草が腰まで生茂り、それは奥に行けば行くほど前が見えないほどで、この先に人の気配は疎か、建物があるような感じがしない。さっきの神社といい、本当にこの近辺は人の手が何年も入っていないんだろう。
だとすると、本当にその屋敷が今もあるのか怪しいし、あっても昔の建物だ。原型を留めていないかもしれない。
「どうする?流石に私もこれはちょっと…」
「確かに…」
このまま進めば、道無き道を進むことになるだろうし、下手すると来た道すら見失うかもしれない。珍しく弱音を零した友人だったが、間髪おかずに短い悲鳴を上げた。
「な、なに…!?」
まさか、遂に恐れていたアレが出たんじゃ…
だから嫌だったのに。こんなとこ来るの。足も痛いし、服は草まみれだし、神社は気味が悪いし、ああもうどうしてあの時断らなかったんだろう。今頃のんびりした休日を満喫していた筈なのに。熱意に負けてこんな所に来た自分を呪いたくなる。いや、そもそもこんな所に連れてきた友人が悪い、いやでも…
「ああああアレ…ッ!!」
「ど、どどどどれ………っ!?」
本当に、本当に出たらあんたのこと呪ってやるんだから…!
そんなことを思いながら、意を決して蒼ざめる友人が指差した先を振り返る。
すると、そこには想像していたものとは随分違うものがあった。
「……お、墓…?」
雑草が生い茂る中、ひっそりと佇むように覗く小さな墓石。
掘られている名前は読めないくらいに風化していて、仏花や供物は見当たらない。それなのに、墓石の前だけ雑草が踏み潰されているような跡があり、最近誰かがそこを訪れているような気配を感じる。
…あ、
「これ…、」
こんな、墓石は知らない。知らない筈なのに、懐かしいと思うのはどうして?
丸みを帯びた竿石に、大きく欠けた中台。
これは…
再びざわつき始めた胸の内に、誤魔化すようにTシャツの裾を強く握りしめた。
「わっ、ちょっと待ってよ…っ」
友人の言葉を背に、雑草を掻き分けてそっとその墓石に触れてみたけれど、近くで見てもやっぱり見覚えのない墓なのに、それなのにドクリと心臓が音を立てて急速に身体に熱い血が回り始める。
そう。神社の裏の墓の後ろには、生い茂った雑草で一見分かりづらいけど小道があって、そこは少し坂になっていて途中大きな岩があって、そう、その先に。知ってる。知ってるんだ、私。
だけど、この記憶は何?私じゃない、誰の記憶?
バクバクと全身を震わせるように高鳴る心臓に、息が浅く早くなっていくばかりで苦しい。友人の手を取り、何かに導かれるように雑草を掻き分けて進む。
行かないと、早く。
どうして?
誰かが呼んでる気がするから。
誰が?
「ねえ!どうしたのよ急に…!さっきまであんなにビビってたくせに…!ちょ、待ってよ!!大体道あってるの!?地図見ようよ!迷ったらやばいって…!」
「大丈夫、合ってるから」
「はぁ!?なんでそんなことあんたが分かんのよ!ちょっ…て、あ………」
あった、きっと友人はそう呟いたんだろう。
だけどその声はこの耳に入ることはなかった。
ヒュゥっと冷たい空気が喉を通る。
写真よりは随分と朽ちているけれど、間違いなくあの屋敷が私たちの目の前にある。友人が大声で何かを言っているけれど、絡まる雑草も気にせず私は一人、歩みを進める。
私は、今までずっと、何か大事なことを忘れていたんだろうか。
それは、絶対に忘れてはいけないことで、きっと今、それを思い出そうとしている。
意識して呼吸をしなければ、息の仕方すら分からなくなるくらい、頭の中に今までの記憶が走馬灯のように駆け巡るけれど、それは記憶の奥深くにあるのか、指先を掠めるばかりでこの手には届かない。
いつ崩れてもおかしくない大きな門構えを潜り、屋敷の入り口まで進むと、扉の横に表札が掛けられていた。
ああ、ほら。知ってるんだ。
私だけど、私じゃない誰かが知ってるんだ。
表札の文字に、掠めるばかりだった指先に、確実に何かが触れる。
あなたは、誰?
再び友人の声が聞こえたけれど、私はその扉に手を掛けた。
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