小説 | ナノ


▼ 来世でもまた、




「廃墟巡り?」

目の前で語る友人の顔を二度見したが、至って彼女は真面目なようだ。

「そ、その名の通り昔の家やホテルで廃墟になっている場所を巡ることなんだけど、最近歴女の中で流行ってるみたいでさ!廃墟って一見怖いイメージじゃない?でも意外に昔の物がそのまんま残ってたりするから、まるでその時代にタイムスリップしたみたいな感覚になるんだって。なんだかロマン感じちゃうよねぇー」

どう?と可愛らしく小首を傾げる友人はそもそも「歴女」だっただろうか。悪意は絶対ないんだろうが、彼女が言ったように廃墟っていうとやはり怖いイメージしかなく、全く乗り気には慣れず、首を横に振った。

「何でよ!」
「えー…だって出そうじゃん」
「なにが?」
「なにって、お化け…」

自分で言ってて恥ずかしくなる。だけど高校生になってもそういう類が怖いのは変わりない。乗り気じゃないことを遠回しに伝えても、伝わっていないのか気付かないフリをしているのか、友人はまーたそんなこと言ってと話を続けた。

「あのね、私が特に見にいきたい所は」
「ちょ、だから私は…」
「まあいいから、これ見てみてよ」

鼻息を荒くして何やら資料のような分厚い本を捲る彼女は、きっと私が行きたくないなんて言っても止まらない。
一体何なのよ、その本は。紙は日焼けして色褪せてるし、表紙はタイトルも読めないくらいボロボロ。辛うじて見えたのは「鬼殺」というなんとも浮世離れした不穏な文字。
図書館にあっても絶対角の一番上の棚にあって、誰も見ないよ、それ。そんなことを考えていると、お目当てのページが見つかったのか、友人は声を上げた。

「見て!これよ、これ…ッ!!」

ずいっと目の前に出されたページを見ると、そこには家と言うには立派すぎる屋敷のような建物が写る、白黒の写真があった。
屋敷の後ろには、小さく街灯や洋館が写っている。西洋の文化が垣間見える白黒写真…時代は大正から明治くらいだろうか。立派な屋敷と西洋の文化のコントラスが珍しく、思いの外見入っていると、友人が凄いでしょ?と興奮気味に聞いてきた。

「いや、まぁ…凄いけど…」

確かに凄いけど、昔の写真ってこういうものじゃない?そう返そうとした時、写真のすぐ下に書いてある文字が目に入った。

「当時活躍した柱の一人、水柱の屋敷…?」

この屋敷の持ち主のことだろうか。それにしても初めて目にする言葉に首を傾げた。
柱の一人?水柱…?ここに書かれている「柱」は、私が知っている「柱」とは違うようだし、「水柱」という言葉も聞いたことがない。
当時活躍した、ということは、それなりに名を馳せていたのだろうか?だけども、やはり一度も聞いたことがない。

「この書記によると、今から千年以上昔、人を食べる『鬼』が存在してたらしくて、その鬼を退治する『鬼狩り様』が住んでいたのがこの屋敷。因みに柱っていうのはー…」
「ちょっとちょっと、いきなり日本昔話に突入?」
「まぁ聞いてよ。柱っていうのは鬼狩り様がいる組織の中でもトップクラスの称号で、つまりこの屋敷は鬼狩り様の中でも実力のある人が住んでいたの」
「………」
「なに?」
「まさかだけど、その童話、信じてるの?」
「いや、だから童話じゃなくてここに書いてるじゃん。実話だよ、実話」

本気だ。本気で言ってるんだ彼女は。
こんな『鬼』だの『鬼狩り様』などあり得ない話を過去に実際にあったものだと信じているんだ。
目の前で真剣な顔で話す友人に頭痛がする。

「あー、その顔!信じてないでしょ?」
「いや…まぁ…」

というか、逆に聞くけど誰が信じられるのよそんな話。今まで習った歴史の中にそんな存在いた?
そんなものが存在したならば、世界中の人たちが周知する程取り上げられているだろう内容だ。
だけど、歴史上よく目にするのは、世に名を馳せた武将や将軍たちばかりで、その中に『鬼狩り様』という存在はいない。『鬼』という言葉も耳にしたのは幼い頃に聞いた童話くらいだ。
なのにどうして、こうもそんな話をすんなり受け入れられるのか。信じられない!といった顔をする友人に、そっちの方が信じれられないと言ってやりたい。

「大体、なんでそんな話知ってるの?」
「うーん、私もたまたまなんだけど、隣の街に大きな図書館あるでしょ?この前の休みに探し物があって行ったんだけど、そこでたまたま見つけたんだよね。一番角の高いとこにあったんだけど、なんとなく気になっちゃってさ」
「わざわざそんなとこにあるの取って読んだの?」
「ううん。読もうとは思ってなかったんだけど、横にいた男の人が私が気になってると思ったみたいで取ってくれてさ。あ、そう!その人!無口だったけど超イケメンだったの!あんなイケメンに本取ってもらったらもう借りるしかなくてさぁ!」
「あー…そうですか…」

その男性が余程タイプだったのか、頬を赤らめてきゃあきゃあと一人盛り上がる友人は、私の小さな溜息なんかに気付きやしない。

正直童話みたいなそんな作り話に興味はないし、見ず知らずのイケメンどうこうの話もどうでもいい。だけど、最初に確信した通り、私がいくら嫌だと言ってももう彼女は止まらないだろう。先のことを考えてまた一つ溜息を吐いた。







あれから数日、中間テスト間近の慌ただしい平日は過ぎ、やっと一息つける週末がやってきた。久しぶりにお気に入りのカフェにでも行って読書でもして…なんてのんびり過ごす休日を想像していていたのに、私は何故ここにいるのか。
学校の最寄り駅から二駅過ぎたここで、例の分厚い本を片手にキョロキョロと周りを忙しなく見渡す友人の顔は、まるで宝探しをしている子どものようだ。

あれから、その屋敷が今もあるのか、廃墟として存在するのか、一体どこにあるのかも分からないのに、どうしてもそこに行きたいと言う友人の熱意に負け、二人でネットで何か手がかりはないかと検索してみたけれど、『鬼』や『鬼狩り様』については何一つとして出てこなかった。
例えこの話が童話や作り話であったとしても、こうして本として出版されているのに、何一つネット検索で引っかからないのは些か不気味だ。それなのにどうしてここにいるのかって?

瓦や外壁に使われている木材は、写真のものよりも随分と朽ちているが、屋敷として私たちの目の前に立派に佇んでいる。人の気配は勿論しない。だけど、まるで生きているように、息をするようにそこに佇んでいた。



かれこれ駅から30分は歩いたのではないだろうか。
検索ワードをあれこれ変えても一向に関連情報は出てこず諦めかけていたとき、ふと目に入ったのがあの写真が載るページに書かれていたとある神社の名前だった。何か手掛かりに繋がるかもしれないと急いで文字を目で追うと、どうやら屋敷はその神社の屋敷の裏にあるらしい。
やっと掴んだ有力情報から更に検索すると、なんとそこはここからそう離れていない場所だった。



ジャリジャリ、不揃いな石の上は、歩き疲れた足では少し踏ん張らないとバランスを崩しそうになる。

「ねぇ、これじゃない…?」

少しだけ息を切らした友人の声に顔を上げる。
神社の名前は聞いたことがなかったから、きっと小さな神社なんだろうと思っていたのに、実際は予想を遥かに越えて大きい。
朱色の鳥居は所々塗料が剥げていて劣化が激しく、その足元には何か鋭いもので傷付けられたような傷があちこちにある。本殿に続くのであろう石段には苔が生え、その横にある杉の木は両手をいっぱいに広げても足りないぐらいの太さだ。

「うわっ、随分古いね」
「こんな立派な神社があったなんて知らなかった…。なんかもう既にタイスリップしたみたいな感じしない?あ、ねえ!ちょっと中入ってみようよ!」
「は!?」

目をキラキラさせて手を引っ張る友人に、負けじとこちらも手を引っ張る。この神社に入る?冗談じゃない。

「ここ、なんか気持ち悪いから嫌」

高く伸びた杉の木で陽の光が当たらないここは薄暗く、古びた神社の雰囲気もあって正直写真で見た『水柱が住んでいた屋敷』よりもよっぽど何かが出そう。それに、入り口の両端に立つ狐がさっきからずっとこっちを見ているようで、より一層気味が悪い。こんな所に入るなんて、いくら友人の頼み事でも勘弁だ。
きっと陽が落ちればもっと暗くなるだろう。さっさと用を済ませようと友人に声をかけようとした時、再び「ねぇ」という声と共に手を引かれた。

「あの面、なんだろう」
「面?」

友人が指差す方を見ると、そこには狐の石像の足元に立てかけられた狐の面があった。
塗料が殆ど剥がれているそれは、僅かに目の部分のみ淡い水色が確認できるくらいで、奥に佇む鳥居や石段、ここにある何よりもよりずっと時の経過を感じさせる。
 
というかこの面、さっき狐の石像を見たときにはなかったような気がする。こちらを見つめるような狐が気味が悪くてじっくり見てたわけじゃないから、ただ目に入らなかっただけとも考えられるけど、石像同様、堂々と置かれた面に気付かないなんてこと…。

出来るだけ視界に入れたくなくて、横目でその面を見ていると、一瞬、何かが光った。
 
「え…?」

恐る恐るそちらに目をやるが、そこには光るものは何もない。なのに、光った。それも、あの面に開けられた小さな二つの穴だ、多分。面の向こう側には石像しかないというのに。
乾いてひりつく喉に無理やり唾を落としたら、余計に痛んだ。

ああ、益々気味が悪い。ここに来た時からずっと誰かの視線を感じていた。
石像や面の作り物なんかじゃないもっと生々しい魂を感じるような視線に、さっきの光景が脳裏を過り、頭を振る。ありえない、ありえない。言い聞かせるように何度も心の中で繰り返し唱えるけれど、煩いくらいに胸がざわつくばかりで。
不安、緊張、恐怖、全てが当て嵌まるけれど、全て違う気もする。この押し迫るような感情は何?
今すぐ来た道を戻りたい筈なのに、どうして私は友人の手を引いて前に進もうとしているの?

「早く行こう」
「ちぇっ、つまんないの。本当、あんたってこういうのダメよね」
「じゃあもう行かないよ?水柱の屋敷」
「わーごめんごめん!神様仏様女神様…!ここまで着いて来てくださったことに感謝しております!どうか私を見放さずにお屋敷までお導き下さい…!」
「…ぷっ、何それ」


何か得体の知れないものに押しつぶされそうになる今、戯けるように手を合わせて崇める友人のひょうきんさがありがたいと思った。






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