小説 | ナノ


▼ 儚く、うたかた




緩く巻いた髪をサイドに寄せ、耳たぶにキラリと光る小さなダイヤ。
淡いスカイブルーのドレスは身体のラインに沿うように流線を描き、一見前から見ると清楚なデザインだが背中が大胆に開いている。こういった服は仕事でも稀にしか着ないから、少し気恥ずかしい。

「うん、完璧。あとはリップだけ、っと」

メイクボックスの中から覗く可愛らしいパッケージに、見るだけで胸が躍るのは女の特権。
だけどその可愛らしさの余り、どれを選んだらいいのか暫し頭を悩ませるのも悩みである。
ここは同居人である幼馴染みに聞いた方がよさそうだと判断し、メイクボックスと小さめのバックを手に、下の階にいるであろうここの主人の元へと向かう。

因みに幼馴染みといっても同性の方であり、決して異性の方ではない。あのチョコボ頭に聞いたところでいい意見がもらえるとは思えないし、それ以上に色々と面倒になること間違い無いので、出来るなら今日は会わずにここを出たい。

「ティファー、ちょっといいー?」

開店準備なのか、一階のカウンターで料理の仕込みをしている幼馴染みのティファに声をかける。漂ういい匂いに、昼食前のお腹が間抜けな音を立てた。

ここがエッジに移ってから約2年半。最近では夜だけでなく昼も開店しているらしく、ティファは夜は遅くまで働き、朝は早くから仕込みをしていることが多い。以前はここを手伝うことも多かったが、最近では情報屋としての仕事が忙しく手伝う機会がめっきり減ってしまい、ティファの身体を気にかけていた。
それでもティファは「忙しいのは客が来てくれる証拠」と嫌な顔ひとつせず仕事に勤しんでいた。
場所は変われど、ここ「セブンスヘブン」が昔と変わらず私たちの憩いの場としてあり続けられるのは、ティファの強い気持ちのお陰かもしれない。


「ななし、わあ…綺麗だね。すごく似合ってる!」

スープの味見をしていたティファは、私の姿を見た途端その大きな瞳を見開いて興奮気味に声を上げた。

「ありがとうティファ。久しぶりにこういう格好したから、何だか慣れなくて…。おかしなとこ、ない?」
「ない、ない!おかしなとこなんて、ないよ!そっか、あの仕事、今日だもんね」
「そうなの。でさ、ティファに聞きたいんだけど…」

口紅をティファに見てもらおうとメイクボックスを開こうとした時、店の手伝いをしていたマリンやデンゼルが駆け寄ってきた。

「ななし!どうしたの!?そんなお洒落して…!!もしかして、クラウドとデート?」
「違う違う。仕事でちょっとパーティーがあってね。どう?」
「すっごく、かわいい!お姫様みたい!!ね!デンゼル!」
「あ、あぁ…」

年頃の女の子は本当にませている。特にマリンはすぐに私とクラウドの関係をどうにかしたがるのだ。これがデートだったらどれだけ嬉しいことか。
現実は仕事だし、残念ながら意中の相手は自分のことなんてただの幼馴染みとしか見ていないようでデートなんて一度もない。
最近じゃ、この勝ち目なんてない拗らせまくった恋に、そろそろ終止符を打とうか考えてたくらいだ。

ティファ同様興奮気味に話すマリンとは反対に、そっぽを向いてしまったデンゼル。その頬がほんのり紅色に染まっていて、思わず口元が緩んだ。
うん、子供はこれくらいがかわいい。

「なに笑ってんだ、ななし…!」
「ふふ、ごめんデンゼル。つい…」
「あー!また笑った!!」

皆の笑い声に包まれる昼下がり。そんな穏やかな時間が、この後一瞬で凍りつくなんて誰が想像できただろうか。




「あ、クラウド」

遠くから聞こえるエンジンの音に、マリンが声を上げた。
ハッと時計に目をやると、時刻はまだ11時前。確か予定では帰宅時間は昼過ぎの筈。
きっと違う人だろう、通り過ぎるだろうという淡い期待は、迷いなく店の前で止まったエンジンの音で一瞬にして打ち消された。

「ななし?どうしたの?青い顔して…。まさか、クラウドに言ってないの?」
「いや…、その言ったことは言ったんだけど…」

そう、ティファの言う通りきっと今の私はメイクも台なしになるほどの顔色をしているだろう。

「その、面倒ごとになると思って、詳しくは言ってないんだ…」

私の言葉にティファがはぁ…と大きな溜息を吐いた。
分かるよ、ティファの心の内が。
「余計に面倒になる」、でしょう?
何故なら…


「クラウド、妬きもちやきだもんね」


呆れたように言うマリンの言葉にもう苦笑いしか返せない。
マリンが言う妬きもちとは少し違う気がするけれど、私のもう一人の幼馴染みは異常に心配性なのだ。
仕事で危険な場所に行くと言えば捜査内容をしつこく聞かれ、大丈夫と言っているのに酷い時には付いてきたこともあるくらい。仕事柄、不本意だけど女を売るようなことをしなければならないこともあり、その度にクラウドを説得するのは本当に大変なのだ。

好きな人に心配してもらえるのは嬉しい。だけど、2年半努力してきた甲斐あって、こうして個人でも仕事を貰えるようになったのだ。
情報屋と言えば正直汚いことにも手を染めることだってあるけれど、その先には人の命や幸せが待っていることも多々ある。それはこの2年半で学んだことだ。
私だってこの仕事にプライドを持っているし、報酬を貰う以上、やるべきことは果たさないと気が済まない。
だから、少しだけクラウドの度が過ぎた心配が嫌になることがある。

クラウドには今回の捜査内容の詳細は話さず、情報収集に行くとだけ伝えていた。間違っても、「非合法麻薬の取引を行なっている可能性のある大手武器屋の社長から情報を得るため、見合いのパーティーに参加する。」なんて口が裂けても言えない。
ただの情報収集に行くと思っているであろうクラウドにこの姿を見られると間違いなく面倒なことになるから、クラウドの予定を事前に確認して配送から帰って来る前にここを出るつもりだったのに。


「おかえりー!クラウド!」

マリンの嬉しそうな声とは裏腹に、見えた金色に目眩を覚えた。





「で?その格好は?」
「だから、仕事で…」
「仕事に行くのになんでそんな服を着る必要があるんだ」
「えっと…それは…」

チラッと覗き見たクラウドの顔は、それはもう恐ろしいなんてものではない。
帰ってくるや否や、その青い瞳を見開いて私を捉えたあと、ただいまの挨拶も無しに始まった尋問にも似た詰問。
案の定な展開に、ティファたちに席を外してもらっていて良かった。
きっと正直に言うまで離してくれないだろう。心の中で盛大な溜息を吐き、渋々と口を開いた。

「大手の武器屋があるでしょう?そこに潜入捜査に行くの」
「…カナルカンパニーか」

何かを思い出すように呟いたクラウドに、静かに頷く。

カナルカンパニー、大手武器屋のブランド名であり、種類の豊富な武器が安価で手に入りやすく、最近では急激に売り上げを伸ばしている。ここ数ヶ月で店舗数は増え、規模を拡大している。
まだ復興途中の世界。経済も充分に回っていない状況で、武器が安価で手に入るのは確かに有り難い。実際にカナルカンパニーの武器を持ち歩く若者を何人か目にしたことがある。

が、私もこの話をもらう前にカナルカンパニーの武器を試しに使ったけれど、しっくりこなかったのを覚えている。
短刀を一度使ったけれど、握りやすいように形状を変えたらしいグリップは力を入れなければ的に深く刺さらず切れない。そんな感想をこの前セブンスヘブンでクラウドを含め、ティファやシド、ヴィンセント達に話をしたら、量産型で安価、ああいったスタンダードなものは初心者向けだとクラウドに言われた。
クラウドはカナル産の武器は使ったことがないみたいだったけれど、他の皆は一度試したことがあったようで、その言葉に深く頷いていた。
結局、安価であっても普段から武器を愛用しているような人間には、職人が個人に合わせて作ったものが一番いいようだ。まあ、言うまでもないけれど。


「そのカナルカンパニーが最近系列店を増やしているんだけど、違う商業にも手を出そうとしているらしいの」
「大手のやり方だな」
「それも社長はまだ20代の如何にも馬鹿っぽそうな奴。経歴も調べたけど亡くなった父親の遺産で経営を始めたらしくて、経済知識は皆無。…クラウドも分かるでしょう?あそこの武器」
「あぁ、お世辞でもいいとは言えないものだろうな」
「そう、プロからすれば使いづらい武器」
「……大して売れもしない武器屋が規模を大きくしている、か」

父親の遺産がどれ程あるのかは分からないけれど、売れ行きも知れている武器屋が短期間で規模を拡大できるとは思えない。

「キナ臭いでしょう?」
「あぁ、裏に何かあるのは間違いないな」
「…そ、例えば麻薬取引とか」

そこまで言うと、クラウドは眉間のシワを一層深くして、訝しげな表情をした。

「可能性は?」
「今のところ85%。ただ、証拠がない」
「証拠がないのに85%だと、黒に近いグレー…ということになるな」

密売の噂が流れているのは事実なのに、確固たる証拠がないのだ。
その尻尾を掴むためには潜入捜査が最も適していて、それも社長自身に近づくことが一番手っ取り早く情報を絞り出せる。

きっと、私がこれからしようとしていることは、クラウドも薄々気付いている。その証拠にクラウドの表情が更に鋭くなっているから。

「…それで、どうやったらその格好に繋がるんだ?」
「そのボンボン息子はまだ独身で婚約者を探してるんだって。で、今日お見合いパーティーがあるんだけど、そこに潜入して…」


「駄目だ」


言い切る前にクラウドが強い口調で口を挟んだ。

「クラウド、これは仕事で…」
「そんな危険な場所に一人で行くのか?いくらその社長が馬鹿でも、大手ならやっかいな奴らがいるのは想像つくだろ。スパイとバレれば殺されるぞ」
「そうかもしれないけれど、バレるようなヘマはしないし、その社長に気に入ってもらえればそんな危険な目には合わないと思うの」
「そんなの尚更駄目だ」

青い瞳を鋭く光らせ、今までで一番強い口調で言い放たれた言葉に心が抉られるような感覚を覚えた。



また、駄目、駄目駄目。なんでも、駄目。

いつだってそう。

どうして?


「…私たち、一緒に旅してきたじゃない」

2年半前、忘れられない旅を私たちはしてきた。

それぞれの責務を全うするため、世界と、自分自身と、皆が闘ってきた。

私だって誰かを守る力ぐらいは持っている。

「私、そんなに弱くないよ?」

なのに、そんなにクラウドの目には頼りなく映っている?


「そんなに…信用、ない?」


何か言いたげな表情をしたクラウドが視界の隅に入ったけれど、構わずメイクボックスから口紅を一本取り出し、無造作にバックに入れて踵を返した。













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