小説 | ナノ


▼ 再会



「5年だ。少しは変わるさ」

意外だね。戸惑いがちに話す姿に、ここでは珍しい生花を貰った彼女と同じことを思った。
店内に入ってきたのだろう。コツコツと軽やかに響いていた足音が、突如ピタリと止まる。溶けかけた氷を回すようにグラスを傾け顔を上げると、目の前の人物はその青い瞳を見開いていた。

「久しぶりね。クラウド」
「あんたは… 」

このまま焼けるような熱と鼻を抜ける強いアルコールの香りに身を任せられたなら、どんなに楽か。胸の内に燻る黒いモヤにも似たものを剥ぎ取ってしまいたかった。

「なーに?もしかして、私のこと忘れちゃった?」

自分で言っていて悲しくなるけれど、相手から言われるよりは断然いいもの。なんて素直じゃない。後ろで慌てるもう一人の幼馴染みのように、可愛らしく「お疲れ様」と声を掛ければいいのに、大きさを増す燻るものがそれを許さなかった。

数日前、クラウドと7年ぶりの再会を果たしたティファから聞いたのは、彼の様子がおかしいという情報だった。ティファの持つ記憶とクラウドの記憶が一致しない。それだけじゃない。少し、性格も変わったようだと。

記憶も曖昧で、性格も違う?それは本当にクラウドなのかと疑ったけれど、クラウドもティファのことは覚えていたし、何より大人になったとはいえ、人間見た目がそんなに大きく変わることはない。確実にクラウドだったとティファは言っていた。

そんな変わってしまった幼馴染みを心配して、アバランチの仕事を紹介したと聞いたのは今朝の話。それも、今晩アバランチが決行する壱番魔晄炉爆破ミッションの後、ここに来ると。
曖昧な記憶の中に、幼馴染みの一人に過ぎない私はもしかするとクラウドの中にはもう存在しないのかもしれない。
再会できる嬉しさの反面、そんな相手をこの7年間想い続けていた私は、一体どんな顔をすればいいの?そんな不安ばかりが渦巻いていた。

なのに、セブンスヘブンの入り口に来るや否や一輪の花をティファに捧げたクラウドに、嬉しさや不安なんかよりも醜い嫉妬心が湧き上がっていた。そう、この胸の内で燻る黒いモヤのようなものはただの私の独りよがりな嫉妬心。

「そんなことないよ。クラウドは…」
「大丈夫だよティファ。何年も顔を見せなかった幼馴染みなんて、私も知らな―――」
「いや、覚えている。久しぶりだな…ななし」

被せるように呟かれた自分の名前に次は自分が驚く番だった。金色に輝く髪に、青く煌くその瞳が、自分を見据えている。

「お、覚えてたんだ…」
「当たり前だ」
「ふーん…」

揺れるように細められた瞳に、正直に反応してしまう自分の心臓が忌まわしい。
7年という月日は思った以上に人を変えるようで、確かに面影は残るが、自分よりも随分と高くなった身長に、逞しく鍛え抜かれた身体。ニットから除く隆起した筋肉や骨張った指先、どれをとっても男女の差を歴然と感じてしまう。
熱くなる頬を隠すように視線を外して言葉を続けた。

「暫くここにいるの?」
「ああ、今のところその予定だ」
「本当に久しぶりだね…。まさかここで再会できるなんて思ってなかったよ」
「ななし、俺は…」

そうクラウドが何かを言いかけた時だった。

「ななしー!!マリンもう寝るの!だからおやすみのキスして?」

父親であるバレットの元から駆け寄ってくる少女、マリン。その小さな体を抱き寄せて、柔らかな頬に口付ければ、満足そうに笑みを零した。

「いい子ね、マリン。また明日もたくさん遊ぼうね」
「ななし明日もここに来てくれるの?嬉しい!じゃあ明日たくさん遊ぶのに、今日は早く寝ないと!」
「ふふ、おやすみマリン」
「おー、いい子だなマリンは!今日は父ちゃんも一緒だからな!」

もう一度、腕の中の小さな体をぎゅっと抱きしめたあと、バレットに抱えられ二人はニ階へと姿を消した。
振り返ると、クラウドがじっとこちらを見ていた。その表情から彼の思考は読み取れない。

―――俺は…

あのとき、何を言いかけたの?そう聞きたかったけれど、その先を聞くのは不安で、時計を見た後カウンターに置いていた荷物を手に取った。

―――俺は、興味ないね。

そんな彼の口癖が脳裏を過ぎったから。被害妄想とも取れるこの思考をどうにかしてほしい。だけど、まだ不安なんだきっと。名前を覚えてくれていたけれど、私の中でのクラウドの存在の大きさと、クラウドの中での自分の存在の大きさの違いに気付くのが、怖いんだ。

「ごめんティファ、クラウド。もう遅いし、私帰るね」

精一杯の笑顔でセブンスヘブンを後にしようとしたけれど、それは叶わなかった。

「えっと…、クラ、ウド…?」

振り返ると、罰の悪そうな顔をしたクラウドがいた。そして「いや」とか「これは」とか、言葉を濁して何故だか少し慌てている様子だが、いや、それはこっちの反応ではないだろうか。
掴まれた腕が熱い。グローブ越しでも分かる、見た目以上にごつごつとしている手。
一人は呆然と、もう一人は狼狽して、側から見れば滑稽な二人だろう。そんな私たちの間に柔らかい笑い声が響いた。

「もう、ななしもクラウドも、相変わらずね。でも、よかった。二人がこうしていると、何だか昔と変わらないみたい」
「…ティファ、笑い過ぎだよ」
「だって、ふふ…っ。ごめんね?二人とも、本当に変わってないんだもん」
「人間、そう変わるもんじゃないだろう」

未だクスクスと笑い続けるティファだったけど、クラウドの言葉に、少しだけ寂しそうにそうだね、と呟いた。




「そう言えば、クラウドはななしと同じ部屋だから、鍵渡しとくね。大家さんから預かってたの」
「ああ、すまない」

目の前のやり取りに言葉を失う私は、何か聞き間違えただろうか。
ななしと、同じ、部屋…?
ティファの手からクラウドの手に渡る小さな鍵。それはよく見覚えのあるもので、御丁寧に「202」と書かれたシールが貼られている。
見覚えのある鍵はどう見てもうちのアパートの鍵で、202号室、つまりそこは私の部屋だ。何故、それをクラウドが?同じ部屋とは……?

「あ、ななしには言ってなかったっけ?ごめんね。実はクラウドの住むところを探してたんだけど、クラウドもここら辺はまだ慣れてないだろうから、私たちの近くがいいと思ったんだだけど。生憎私たちのアパートは満室だし、ここの近くでいい物件も無くて…」
「無くて…?」
「ななしと同じ部屋だったら安心かな、って」

言うの忘れてたね、ごめんね。そう付け加えて可愛らしく小首をかしげる目の前の幼馴染みに言葉を失った。

住むところがないから、私と同じ部屋にしたなんて、そんな話があるか普通。否、ここに現にあるのだけれど、余りにもふざけている。私と同じ部屋だったら安心って、どういうこと。
悲しいかな、ティファには随分と身体の成長は劣るとは言え、これでも歴とした成人女性だ。なのに、幾ら幼馴染みとは言え、成人した男女が同じ部屋で寝食共にするなんて、余りにもふざけている。ましてや、クラウドだってきっと困惑しているに決まっている。

「ちょっと待ってよ…」

同意を求めようとクラウドを見ると彼は既に店の出口に立ち、涼しい顔でこちらを見ていた。固まる私にティファが畳み掛けるように言葉を続ける。

「クラウドには事前に言ってたの。私は店にいることが多いから留守にしていることも多いし、きっとクラウドもななしがいてくれると安心だと思って…」

…なんと、既にクラウドの了承済みらしい。それにしても安心という言葉はどこからどう出てくるのか。まあ、きっとティファのように魅力的な女性でもないという自覚はあるし、クラウドもそういう目で私を見てはいない。悲しいけれど。
普通、好きな人と同じ屋根の下で生活できるなんて喜ばしいことなのかもしれない。だけど、きっと自分だけがドキドキして、その度にまた被害妄想のような思考に苛まれるのだろう。正直そんな惨めな思いはしたくない気持ちの方が大きい。
ここは正直に断ろう。クラウドには申し訳ないけれどまた新しい物件を探してもらおう、そう思っていたのに、こちらを見つめる青い瞳に言葉が詰まった。

「… ななしは、嫌か」
「えっ、と……」
「迷惑なら、無理強いはしない。悪かった…」

明からさまに肩を落とすクラウドに、私が勝てるわけなんてなくて。

「分かったよ。荷物もって家に来て」

もう後戻りはできない。私は頷いて再び自分の荷物を手に取った。






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