小説 | ナノ


▼ 繋がり




「うん、夕方には行けると思うよ。…うん。ありがとう」

じゃあ、また。そう言って、手の中にある携帯電話を閉じた。
こんなに小さくても、遠く離れた仲間の声を届けてくれるこの機械は、私にとっては大切なお守り代わりでもある。
最も、一番聞きたい人の声はここからは聞こえないのだけど。

「まあ、急ごうか…」

何れにせよ、今日会える。
吐き出すように呟き、バイクに跨りギアをローに入れてバックミラーを覗くと、そこには気持ちがいいほど晴れ渡る空が広がっていた。


エッジに着いた頃には既に日は傾き、地面から長く影が伸びていた。
普段は大して鳴りもしないのに、急いでいる時に限ってどうしてこんなにも連絡が来るのか。お陰で何度もバイクを止める羽目になり、予定していた時間よりも随分と遅くなってしまっていた。
急ごう、そう思った時、再びポケットの中で震え始めた携帯に本日何度目かの溜息を吐き、バイクを止める。胸ポケットから取り出してディスプレイに表示された名前を確認した後、通話ボタンに一度指を伸ばしたが、暫く考えて、反対側のボタンを押した。

「業務時間外ですよ、っと」

鳴り止んだ携帯をポケットに仕舞い、街を走ると見覚えのある看板が見えてくる。
懐かしい看板の周りは、最後に見た時よりも賑わっているのが分かる。まだこの時間だ。夕飯でも食べに行くのか子供を連れた夫婦、会社の付き合いかスーツを着た男性たち。カップルだろうか、手を繋ぎ楽しそうに店に入っていく男女。
その光景にどこか安堵する自分がいた。

七番街にあったこの店が、エッジに移ってから2年。つまり、あの世界を揺るがした事件から2年、…そして忌まわしきセフィロスの復活から10ヶ月。
復刻、陥落、希望、絶望、その繰り返しの中、こうして繁華街に光が灯り、人々が外へくり出す光景は、この星の復興の兆しでもあり、そして人々の心の強さを表しているようだった。

10ヶ月ぶりに見上げたこの看板に、不覚にも緊張している自分がいる。
扉の向こうには皆が、そして彼がいる。分かっていた筈なのに、現実を目の前にすると緊張せざるを得ない。口から今にでも出そうな心臓に、堪えるように扉の前でぎゅっと手を握りしめていると、勢い良く扉が開かれた。そして同時に、身体に軽い衝撃が走った。

「やっぱり!!!ななしだ!!父ちゃん!ななしが帰ってきたよ!!」

満面の笑みを浮かべて精一杯の力を込めて抱き付く小さな身体。だけど最後に見た時より少しだけ伸びた背丈に10ヶ月という月日の長さを感じる。屈めて顔を近づけると、ふわりと香る懐かしい花の匂い。

「ただいま、マリン」

壊れないようにその小さな身体を抱き締めると、再び腕に力が篭った。
見上げる大きな瞳や握りしめる小さな手に、喜び、不安、悲しみ、様々な感情が垣間見え、胸にちくりと痛みが走る。ああ、きっと寂しい思いをさせてしまった。

「おかえり、ななし!皆でね、ななしの帰りを待ってたんだよ?」

ね、と後ろを振り向いたマリンの目線の先にゆっくり顔を上げると、そこにはかつての仲間たちが立っていた。

「ただいま、皆」
「ななし、久しぶりね。10ヶ月ぶり…?元気にしてた?電話はしてたけど、ずっと会いたかった」
「うん。ティファ、私も会いたかったよ。話したいことが沢山あるの。ティファも元気そうでよかった」
「おいおいおい!ななし!!10ケ月顔見せねーってどういうことだ〜?ちったー、顔見せるのが礼儀ってもんだろうが!」
「ごめん、バレット。なかなか忙しくて…」
「ふふ、バレットったらそんなこと、言っていいの?ななしに電話した後ね、必ず聞いてくるの。ちゃんと飯食ってんのか、元気にしてるのか、って。自分で聞けばいいのにね。ふふ。可笑しいね」
「あ、おい…っ、ティファ…!」
「バレットの言う通りだ、ななし。全然顔も見せないで」
「デンゼルも、いつも電話ありがとう。ちょっと大きくなったね」
「ちょっとじゃない!ななしが帰ってこない間にもう10cmも身長伸びたんだぞ!もう大人だ!」
「ねえ、ななし。デンゼルったら、ずっとななしに会えるの楽しみにしてたんだよ。後何日で帰って来るのか、毎日数えてたもんね〜」
「まっ、マリン…!」

変わらない掛け合いや皆の嬉しそうな顔に、とくとくと胸に温かいものが注がれていく。
人は、強い生き物じゃないから、自分の存在価値や居場所を求めたがる。それは自己を確立するためにも必要だけど、生きていくためにも欠かせないものなのかもしれない。時には必要とし、時には必要とされ、支え合い、それでいて人は自立し、生きていける。

ここは変わらない。いつでも自分を温かく受け入れてくれる。10ヶ月前、ここを出た時も温かく皆が送り届けてくれた。また帰ってきていいんだ、そう思わせてくれた。目には見えない絆という強い糸が私たちの心には結ばれているんだ。

ふと、皆んなの輪から離れたところ。ずっと視線を感じていた。
端で決まりの悪い顔をしている人が一人。この店に入ってからずっと視界の端に捉えていた。

「ただいま、クラウド」
「あ、ああ。おかえり…」

久しぶりに見る金色の髪に鍛え上げられた逞しい身体、見開かれれた青い瞳に緊張したのも束の間。目が合ったと思えば、直ぐに逸らされた。
ああ、ほら、また。
ちくりと胸にトゲが刺さったよう。

「クラウドも元気そうだね。今もなんでも屋を続けているの?」
「ああ…まあ、そうだな…」

まだその瞳に自分を映して欲しくて話を振るけれど、続かない会話に交わらない視線。
もう何度目だろうか。時間を置けば少しは変わると思ったけれど、結局あのときのままだ。

「そっか。皆は電話くれるのに、クラウド全然電話してくれないんだもん」

10ヶ月、離れている間に電話をくれたのは主にティファだ。ティファと話している時に後ろにいるバレットやデンゼル、マリンたちとは電話を変わることはあったけれど、クラウドとはこの10ヶ月一度たりともない。
電話の向こうで聴こえてたんだよ。

――クラウド、ななしだけど、話す?
――……いや、いい。

私の気持ちを知っているティファは、電話越しに聴こえないように配慮してくれてたみたいだけど、生憎運転中でイヤホンを付けていたせいで、小さな声まで拾ってしまったのだ。
寂しかった、凄く。どうしてそんなに私のことを避けるの?そんなこと言えるわけなくて、これが今の精一杯の言葉だ。なのに目の前のチョコボ頭は「仕事が忙しくて…」なんて煮えきらない。私知ってるんだから。そんなの嘘だってこと。聞こえてたんだから。

「そう……。クラウドにとったら私なんて別にどうでもいいもんね」
「いや、そういう訳じゃ…」

じゃあどういう訳?

ずっと気になってたその態度。失踪したときも、星痕のときも、ずっと心配していた。 10ヶ月前、自分の殻を破り、やっとあの頃のクラウドに戻ったと思ったのに、突然訳も分からず避けられて。かと言って、理由を問う強さなんて持ち合わせていなくて、少し距離を置けば変わるかもしれないと仕事を理由にここを出たのに、結局あの時と何も変わっていない。

一体、私が何をしたの?
不穏な空気に気付いたティファが、カウンターから私を呼んだ。

「ななし、美味しいお酒、仕入れといたの」

目の前で立ち竦むクラウドに背を向け、精一杯の笑顔で頷いた。

「ありがとう、ティファ」







「ティファのご飯はいつ食べても美味しいね。私、ここ出てから外食ばっかりで、この味が恋しかったよ」
「ふふ、ななしは、料理苦手だもんね。作り甲斐があるよ。でも…」

ふと、ティファがカウンターに乗る空き瓶に目をやった。その目は心配の色をしている。

「ななし、少し飲み過ぎじゃない?」
「んー…」

あの後、仕事で遅れてきたシドやユフィと合流し、近況や思い出話に華を咲かせ、あっという間に時間は流れ、既に時計の針は天辺を回っていた。
マリン、デンゼルと子供たちは早々にバレットに寝かしつけてもらい、それからバレット、ユフィ、シドと順に解散していった。
あのチョコボ頭?知らない。気がついたらここには私とティファしかいないし、きっといつの間にか2階にある自分の部屋に行ったんだろう。挨拶もなしに。

氷で薄まったアルコールを一気に流し込み、カウンターに突っ伏した。

「どうせ、私なんてどうでもいいのよ」
「ななし…」
「ティファ、私何かした?何でクラウドに避けられてるの?」
「ななし…、それは……」
「2年前、皆でここに住み始めた頃、あんなじゃなかったのに。もっとちゃんと話してくれたし、ちゃんと顔も合わせてくれた。今じゃ会話も禄にないし、顔も見てくれないんだよ?」

駄目だ。ずっと堪えてきたものがどんどん口から溢れて止まらない。
ティファ、ごめんなさい。あなたの大事な幼馴染みのことを悪く言って。
それでもティファは優しく、穏やかな顔で私の言葉一つ一つを聞いてくれる。その優しさに、遂には涙まで溢れ出してしまう。

「私今日ここに来て、クラウドがまた前みたいに話してくれたら、ここに帰ってこようと思ってたの。なのに…何も変わってないんだよ。嫌いなら嫌いってはっきり言ってくれたらいいのに…っ。ひどいよ、クラウド…っ」

人には居場所が必要。だけどきっと、クラウドのその場所に私はいないんだ。

「うん…、そうだね」

どうせ私なんて。

「…っ、あんな奴、好きでいるの、もうやめる…っ」

ダンッ、持っていたグラスをカウンターに叩くように置いたと同時に、カシャンッと何かが床に落ちる音がした。

「え……?」

振り向くと、そこには青い目を見開いた、クラウドがいた。

「な………ッ」

なんでここに。そう言いたいはずなのに驚きの余り言葉を発することができず、冷水をかぶったように血の気が引いていく。

「だそうよ。クラウド」

何故だか嬉しそうな顔をして食器を片付け始めるティファ。
待って、待って、どこ行くの?
掛けていたエプロンを外し、階段の前に立つクラウドの横をすり抜け、ティファは涼しい顔で振り向いた。

「二人とも、ちゃんと話をしてね?」

そう言って軽快な足音ともにティファは二階へと姿を消した。



「…………」
「…………」

気不味い。流し台の横にティファが洗ったであろう空き瓶が丁寧に並べられており、どれもアルコール度数の強いものばかり。全て自分が飲んだ訳じゃないだろうけど、ティファの言った通り、飲み過ぎの筈だった。なのに、今じゃこの状況に酔いも覚め、完全に素面だ。

どこから聞いてたの?否、どこもなにも、クラウドの姿が見えた直前なにを言ってた?


―――「…っ、あんな奴、好きでいるの、もうやめる…っ」


消えてしまいたい時間を戻したいなかったことにしたい。
未だ立ち竦むクラウドに、空気は更に重く感じ居た堪れない。

「……帰る」

余りの居心地の悪さにどうしていいのか分からず、席から立つと、クラウドが足早に近づいてきた。

「帰るってどこに」
「…どこか宿見つける」
「こんな時間に入れるところはない」
「じゃあもう路上でもどこでも寝るよ。野宿は慣れてるから」
「そんなふらふらな状態で?」
「いいよ、放っといて」
「駄目だ」
「何よ。クラウドには関係ないでしょ」
「関係ある」


…関係、ある――?


ぷつりと何かが切れた音がした。

「関係あるってなに?クラウドは私の家族でも彼氏でもなんでもないでしょ?どうしてそんなことクラウドに言われなきゃいけないのよ!」
「こんな夜に女が一人で出歩くなんて危ないからだ」
「今更、なによ!散々無視してきたくせに偉そうに!私がどうしようとクラウドには関係ないでしょ!顔見知り程度の女にもそんなこと言うくらいなら放っといて!!」
「違う…っ、そうじゃ……」
「何が違うのよ!嫌いなら嫌いって言えばいいじゃない!!クラウドに無視される度に私がどんな気持ちだったかなんて知らないでしょ!?」
「だからそれは…」
「うるさい、うるさいうるさいッ!!!クラウドなんて、大っ嫌――ッ」

背中に衝撃が走った。鼻先に金色の髪が掠め、気がつくと冷えたコンクリートが張り付くように背中に当たり、目の前にはクラウドがいた。

「少し黙って話を聞け」

怒っている、そんな顔と声だった。
切れる息を飲み込んで弱々しく頷くと、クラウドはゆっくりとその身体を離した。

「……悪かった」

とても弱々しい声。前髪の隙間から覗くその表情は苦しそうに歪められ、何かを決意したように一人頷き、その瞳が真っ直ぐに私を捉えた。

「ななしのこと、無視してた訳じゃない。…ずっと話したかった」

苦しそうに、でもはっきりと紡がれる言葉。

「あんたが出て行くって行った時、本当は引き止めたかった。…出て行ってからも何度も電話しようとした。だけど、どうしても出来なくて…」
「クラウド…」
「もっと言いたいことや伝えたいことがある筈なのに、ななしの前だとどうしたらいいか分からなくなる。今だってそうだ…」

肩を掴むクラウドの手に、ぎゅっと力が入った。

「ななしに嫌われるのが怖くて、ずっと逃げてた。傷付けて、ごめん…」

初めて聞かされたクラウドの本音。一つ一つがゆっくりと心に刻まれていく。

「寂しかった…」
「ごめん…」
「嫌われてると思ってた…」
「違う…」
「じゃあ、何よ…」

流れる涙をクラウドの指が拭ってくれるけれど、堰を切ったように溢れ出したそれは止まらなくて。涙の向こうに、酷く優しい顔をしたクラウドがいて、また涙が溢れた。

「好きだ、ななし」
「遅いよ、バカ…」

肩を引かれ、その腕の中に身を寄せると、鼻を擽るクラウドの匂いと全身を包むぬくもり。

私たちはただすれ違っていただけなんだ。
本当はお互いを必要としていたんだ。

乱れた前髪を払い、涙で濡れた睫毛にクラウドの唇が触れる。そっと顔を上げると、青い瞳が優しく私を見ていた。

「帰ってきて欲しい」
「うん…」
「そばにいてほしい」
「…っ、うん…」

もう、離さない。
そう低く呟き、顎を掬われ目を閉じると、柔かな感触が唇を喰んだ。


「ななし、好きだ」


囁き、啄むように甘いキス。

絡まる指先に触れ合う肌と肌。

人間はそう、時に互いを必要とし、時に必要とされるもの。
私たち二人の間には、そこに愛情も必要なのかもしれない。





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