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▼ 3、ある告白と殺人鬼

「……おや、ゴーストと喧嘩でもしたのかい?こんなに泣き腫らして、可愛い顔が台無しだ」

 視界に、心配そうな顔のラピスの姿を捉える。私は先程まで抑えていた恐怖に、耐えきれず泣き出した。

「ごめんなさいラピス、私、きっと……何か、失敗しちゃったの。だってその証拠に、カンゴームが……」

「……カンゴームが?」

 彼に復唱され、はっと口を押さえる。

 しかし時はすでに遅く、ラピスは私が何を言おうとしたか悟ったようで、すっとその瞳を細めた。  

「君がやってたことがカンゴームにばれて、それをネタに脅されたの?」 

 私が躊躇いを滲ませながら微かに頷くと、ラピスはらしくもなく瞳に怒りを含ませる。表情だけは薄く笑っていて、それが更に恐ろしさを増している。

「ふうん……」
「ど、どうしてばれたのかな。カンゴームは私から血の匂いがするって」
「そんなわけないだろう。この僕が、君の殺人が嗅覚でばれるようなへまはしないよ」

 ラピスは私の襟首を引き寄せて、私が持っていたバッグについたぬいぐるみを思い切り引きちぎる。思いもよらない行動に、びくりと体を揺らした。

「ひっ……?!!」
「やっぱり。僕らの不手際じゃなかった」

 下から聞こえた乾いた音に目を向けると、そこには小さな何かが転がっている。
 私は目を丸くして、それを拾い上げた。

「ーーなに、これ?」
「盗聴器」
「……えっ?」
「最近出たモデルの中で一番小さい、最新型。……ああ、こっちにも。二つも、ご苦労なことだ」

 『こっち』と手に取られたのは、シルバーの鎖が垂れる懐中時計。ラピスはそれを一瞥してから、ため息と共に静かに投げ捨てた。

「このマスコットと懐中時計、いつ貰ったんだい?」
「えっと、マスコットの方はカンゴームに……一週間前くらい」
「理由もなく?」
「理由、は……」

 なかったような、あったような。私が微妙な表情をすれば、ラピスは私の頬を慈しむように撫でた。

「カンゴームが怖いのかい?」
「……」
「邪魔なら、殺してあげようか。他の子と同じように」

 ーーざくり。

 ラピスはらしくもなく子供のようにそう言い、鋭いサバイバルナイフの刃を出してみせる。そのことに息を呑む私を見て口元を緩めたラピスは、静かにそれをしまい、ソファへ腰掛けた。

「でも僕は、カンゴームが君を通報することはないと思うな」
「……なんで?」

 ラピスは私の目を真っ直ぐ見て、静かに言った。

「だって、カンゴームの殺人から隠蔽工作まで、全部手伝ったのは僕だもの」

 すうっと、背筋が冷えた。

 嘘なんかじゃない。ラピスは、嘘なんかつかない。

 カンゴームの時は異常さに対する恐怖だったけれど……、今感じている恐怖は、目の前で笑う彼に対する畏怖だった。
 
「大丈夫、今度殺すのがたまたまかつての共犯者なだけだ。彼は君のために殺したみたいだけど、その彼のせいで君が悲しむなら元も子もないだろう?」

「ラピス、でも、カンゴームはラピスの」

 ーーラピスの、弟みたいなものじゃないの?
 
 からからに乾いた喉では、上手く言葉が紡げない。しかしラピスはその意味を理解したようで、私の額に口づけた。

「それでも、君のためならば構わないよ。だって君は、僕の恋人なんだから」

 ラピスが私の首に、金属質の何かをあてがう。反射的に逃げ腰になったのを引き止めるように、ラピスは片手を私の肩へ添えた。

「ラピス、や、やだ」
「じっとしてれば痛いことはしないよ。ほら、動かないで」

 よくよく見れば、それは細いプラチナの鎖だった。そして私はその先についているシンプルなタグに、はっと目を見張る。

「……これ、アンタークの……」

 私の好きな人ーーもとい、アンタークがつけていたネックレス。かつて彼の首元で光っていたそれが今、私の首に当たっていた。

「昔からずっと、彼にあこがれてたよね」
「……っ」

 かたかたと体が震える。昔の純粋そのものの私が、アンタークの話を幼馴染の彼らに話している記憶が、頭を過った。

「君が彼の話をするたび……倒れそうなほどの頭痛がしたよ」
「ラピ、ス」
「僕が君のことをどれくらい好きなのか、分かってないだろう?」
「っら、ラピスは、どうして……!」

 私が口を開いた途端、携帯が大きな音を立てる。私はちかちかと光を放つ文字を見て、震える声を出した。

「……カンゴーム……」
「出て」
「で、でも」

「……ほら、出て」

 ラピスが私の首に、素早くナイフを突きつける。私は震える指で、恐る恐る通話ボタンを押した。

『もしもし』
「……もしもし、カンゴ……」
『明日、俺の家に来れるか?』

 ラピスを横目で見ると、視線だけで頷くように指示された。

「う、うん」
『じゃ、また明日。来なかったら、どうなるか分かるよな』

 一方的に切れた電話をゆっくり机の上に置く。ラピスはナイフを仕舞って、「ふむ」と宙を見た。

「行かなかったら果たしてどうなるのか、興味あるな」 
「……」
「ふふ、冗談だよ。怒った?」

 私は確かに怒っていた。でもそれは、けして今の発言のせいではない。

「どうして……」
「え?」
「どうして、アンタークとダイヤモンドを殺したの」

 ラピスは「ああ、その話か」とでも言いたげに、面白くなさそうな顔でティーカップを取った。

「僕が殺したんじゃない」
「……信じていいの?」
「ああ。僕はただ隠蔽工作を手伝っただけ。僕は生まれてから今日までに一度だって人を殺したことがない、本当だよ」
 
 ラピスはソファに体を預け、私の顔を覗き込んだ。

「僕はただ、カンゴームが捕まるのが嫌だっただけさ」
「でも、私は……ラピスがあの二人の殺人に関わったなら、もう一緒にいれない」

 ラピスが、瑠璃色の目を見張る。そんな驚いた表情は初めて見たと、場違いにも思った。

 彼はすぐにその双貌を細め、私へ一歩近づく。私は真っ直ぐ彼を見たまま、目を逸らすことはなかった。

「ラピス、色々ありがとう。ラピスのことは恨んでない。でも私は、アンタークとダイヤモンドのことが大好きだったから、一緒にいれない」

「本気?」

「……私を通報したいならすればいい。そしたら私はカンゴームを摘発して、私自身は自首して終わり。それでいい」
 
 強がりでも何でもなく、本当にそう思った。私が本当に殺したかったのは、幸せな人間じゃなかった。アンタークとダイヤモンドを殺した犯人だったのだ。

 ラピスは唖然として私を見ていたが、小さく「分かった」と零した。

「僕の携帯電話を取ってくれるかい?」
「……うん」

 私が彼に背を向けたその瞬間、私の体がぐらりと後ろへバランスを崩した。

「なっ……!」

 見れば銀の切っ先が、ラピスによって後ろから突きつけられている。私はそれにやっと状況を理解し、首に回されたラピスの細い腕に手を添えた。

「……騙したの?」
「まさか。君の思慮が足りなかっただけさ。……僕がどうして君を手伝ったか、まだ分かっていないみたいだし」

 ラピスは私からゆっくりと刃を離し、鞘にしまって笑った。

「僕は君が昔から好きだった」
「無益な冗談はやめて……!」

「そう思いたいだろうね。君は恐らく、僕を敵に回すのを一番恐れているだろうから」   

 じりじりと、心が端から焼けるようだ。ラピスは私の味方じゃなかった。きっと彼は私へ躊躇なく、ナイフを突きつけることができるのだろう。

 ラピスは味方ではなく、一番近くにいた敵だったのだ。

 瑠璃色の彼は私の視線から逃げることもなく、私の耳に口を寄せた。

「君が捕まることは、僕が許さない」
「……!」
「なんのために此処まで良くしてあげたと思ってるんだい?」

 ぐるぐると思考が回っていく。何も分からない。分からないけれどーー今のラピスはどこか、今日のカンゴームに似たものを持っていたことだけはなんとなく分かった。

「とにかく、明日カンゴームを殺す。これは決定事項だ」
「!」
「八時には家を出よう。そして先に入った君がカンゴームの気を引いてくれれば、僕が正確に殺してあげる」

 ラピスは分厚い本を数冊机の隅に重ね、独り言のように呟く。

「……ああ、もう少しだ。もう少しで、エンドロールを迎えられる」

 嬉しそうなラピスのその言葉が、なぜか鼓膜に張り付いていた。

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