▼ 第十夜、×××と永遠の夢
静かに、ベッドの上で目を覚ました。
とてもとても長い夢を見ていたと、そう思った。
「良かった。気がついたんだね」
声の方を向くと、頬づえをついて誰かが私を見ていた。知らないようで、知っていた。
「……フォス?」
「そう」
彼は目を細めて答える。暗闇でぼんやりと瞳が光っていた。真珠色の目と瑠璃色の目では、異なる光り方をするらしかった。
「先生って呼ばなくても怒らないの?」
私がついそう口にすると、フォスは目を丸くして笑った。
「どうして僕のことを先生って呼ぶ必要があるのさ」
「だって……」
だって。言葉が詰まってしまった。何かきっかけがあったはずだと思ったものの、数秒思案しても出てこないのを見ると、大したものではなかったらしい。
「行こう。皆呼んでるよ」
「皆?」
フォスは指を折り、丁寧に数え上げた。
「金剛も、ユーク達も、月の皆も」
こっとん、どこか聞き覚えのある音に、足元の方へ目を向けた。私の足にくっついている一つ目の可愛らしい貝と私は思わずじっと見つめ合う。フォスは眉を下げて笑い、指をもう一つ折った。
「それから、アドミラビリス族のこの子達も」
ね、だから、行こ。フォスに手を引かれ、足がもつれそうになりながら空を見る。雲ひとつ見えないほど晴れていた。まるで偽物のような、真っ青な空であった。コバルトブルーの絵の具でべったりと塗ったみたいだ。それならこれも夢なのだろうかと思った。思ったから彼に聞いたのに、彼は進みながら笑った。
決してこちらに顔は見せなかった。
「変なこと言うんだね」
でも、きっと夢なのだ。
宝石達と花冠を編みながら、金剛と話しながら、そのことばかりを考える。ああ、でも、今まで見た中で一番幸せな夢だ。彼はいつでも合金の涙を流していた。フォスが私の夢の中だけの存在ならば、私の夢で幸せにしてあげたい。
「こっちにおいで」
フォスに手招かれ、彼の隣に座る。月人の一人が私にゲーム機を手渡し、使い方を教えてくれた。
幸せ、幸せなのはとても良い。皆が皆楽しそうだ。フォスもラピスもダイヤもイエローもゴーストもシンシャもアンタークもカンゴームもユークレースも、みんな。
その中でただ一つ問題点を挙げるとするならば、この夢が少しも覚める気配がないことだろうか。
私は周りを見た。今まで見た九つの夢は、誰がどんなに永遠を語ろうと、確かに覚める予感があったのに、なぜだか今はそれがない。
「覚めない夢は夢じゃないんだ」
皆がひしめき合う中で小さく呟かれたその言葉は、宙に混じって溶けていく。誰の言葉かも分からない。でもその言葉はけして呪詛ではなかった。
瑠璃と真珠で彩られた双貌と視線が噛み合い、その瞳の持ち主はにっこり笑った。直感で、彼が発したのだと気づいた。
「ねえ、とっても幸せな夢でしょ。君も気に入ってくれて良かった」
ーーああなるほど、これはフォスフォフィライトの夢であったかと、そこでやっと気がついた。
彼が私の夢に出ていたのではなく、私が彼の夢の中の存在だったのだ。しかし今更それに気がついてももう遅い。フォスが力強く私の手を取った。その瞳は、髪は、太陽の光を受けて煌めきを放っている。そこに反射する私も、なおも同じように。
「目覚める必要なんてないよ。この世界でずっとずっと暮らそう。死なんて概念も存在しない、僕らとおんなじ宝石になって」
幸せな永遠から逃げる術は恐らくもう失われている。この結末もそんなに悪くないと思ってしまったあたり、既に私もこの夢の住人なのだろう。
彼は笑った。私も笑った。彼が耳を近づけて、私にそっと囁いた。
「これが僕の呪いだよ」
十夜目の夢は終わらない。私は永久という言葉の意味を、無意識に思い出していた。
×××と永遠の夢
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