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▼ 第六夜、ゴーストクォーツと囁きの夢


 足も体も朦朧としているのに、なぜだか意識だけははっきりとしていた。

 真っ暗な森の入り口に立って、私はそこを覗き込む。中から楽しそうな声がした。

(ああ、それは良い案だわ)

 木の幹に開いた穴から聞こえるらしい。反響して耳に届くそれは、どこか幼げであり、また、奇妙なほどに美しく紡がれていた。

(……と一緒に……する方法を考えましょう)

 誰と、何を。そこまでは聞こえない。私は引き寄せられるようにふらふらと、その声の主の方へ歩いていった。当然、少しずつ少しずつ、その声は大きくなっていく。ローファーの底で小枝を踏みつける。膝を擦れた草も気にならない。ただ、舗装されていない草原を掻き分けて進んでいくのみだ。

 どうやら茨の枝に引っかかったらしい、いつの間にか体中が傷だらけだった。制服は袖のあたりが引き裂かれ、肝心の体は傷をつけられたところがところどころ抉れていた。しかし痛くなかった。傷口も血の色を少しも見せない、ただ、光を放つのみである。そこで、ああ、今は夢を見ているのだと気づいた。子供が夢でヒーローになるように、女の子が夢でお姫様になるように、私は夢の中、こうして宝石となる。

 遠くも思え、近くも思えたその声の発信源に辿り着く。木の幹に開いた穴はけして大きくなく、体を縮めてやっと一人通れるかどうかくらい。だから耳を澄ませ、その声を聞いた。途切れたり、黙り込んだり。そんな会話の様子から、二人いるらしいと伺えた。

(そう、そうね、海。あるいはあのお星の天辺に触れるあたりでもいいわ。ねえ、君はどっちがいいの)
(別に。どっちでも変わんねえよ)
(ああ、本当につまらないのね、僕の中の子は)

 なんの話をしているのかと、私は眉をひそめた。聞いていてはいけない話のような気もする。しかし好奇心のままに幹に耳をつけた。このままじゃ夢見が悪いと思ったのだった。

(あら、じゃあここでいいじゃない。それに、ちょうどあの子も来たみたい)

 そこで会話が、突如として途切れる。続きを待って耳を澄ますと、声が思いもよらぬところから飛んできた。

「ここまでついてきちゃったの?」

 はっとして後ろを向く。いつの間に背後に回ったのか、そこには美しい宝石が微笑んで立っていた。

 節のない美しい手が、ゆるりと私の頬を滑った。

「待っていてって言ったのに、悪い子」

 周りを見渡した。てっきり二人だと思った、いや、確かに二人であったはずだ。しかしそこには、もう一人の姿がなかった。私は反射的に問うた。

「さっき話してた人は、どこに行ったの?」

 彼が目を丸くし、それからふっと妖艶に目を細めた。何かが露見した焦りよりも、そのことを楽しいものに思っている様子のほうが容易に汲み取れた。

「驚いた。中の子の声まで聞こえるのね」

 中の子、というのは、もう一つの声の主だろうか。彼は自身の胸に手を当て、小首を傾げて微笑んだ。

「どこまで聞こえたのかな」

 私は口を閉ざし、ふるふると首を横に振った。本当に、何の話をしていたのかまでは分からないのだった。彼は理解したように頷き、口を開いた。

「あのね、ずっと考えてたの。君がどうしたら僕だけのものになるかって。それでね、それで、思いついたんだ。とっても素敵な永遠を……」

 私は弧を描くその瞳の奥の熱に気づき、思わずひっと声を漏らして後ずさった。何か恐ろしいことが起こっている。なのに、膝が笑って動けない。

「あのね、あのね。どんなに頑張っても君を誰の目にも触れないところに隠すことはできないの。どんなに愛しても君は逃げていってしまうのよ。だから思ったの。簡単なこと――バラバラに砕いて、僕の体に混ぜちゃえばいいのよね!」

 ああ、やっと君と一つになれるって、中の子も喜んでるみたい。そう言って彼は自身の腕をそっと撫でた。声が出ない。誰の助けも呼べない。とうに逃げ道は塞がれた。いや、私にはもともと、逃げ道なんてなかったのだ。

「僕はもっとロマンチックなところが良いと思ったんだけど。中の子が、できるだけ早くって急かすから。でもそうだよね、どこだって十分だわ」

 彼は楽しそうに、私の手を取って笑った。
 どこまでも美しい、宝石らしい笑みだった。

「さあ、僕と一つになりましょう」
ゴーストクォーツと囁きの夢


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