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▼ 第五夜、フォスフォフィライトと宴の夢

 こっとんこっとんと、奇妙な音が耳に響いている。私が周りを見渡すと、大勢の人が騒いでいた。祭典か何からしい。その中でなお聞こえる奇妙な音の発信源はなるほど、貝殻を背負った生き物たちが絶えず一人について回り、その際に貝殻がぶつかり合うからであった。

「食べないの?」

 一言、そう声をかけられた。やけに親しげな口調だと思った。

 見れば、私の隣にいつの間に来ていたのか、七色の宝石が私に洋菓子をすすめていた。

 私は首を横に振る。今は甘味より、貝たちを引き連れているたった一人の主の姿を見たかったのだ。私は隙間を縫うようにして、そっと喧騒から抜け出した。

 どのくらい彼を追いかけたのだろうか。

 一歩踏み出せば、相手も一歩踏み出す。歩幅が違うのだと気づいたのは、幾分か距離が空いてしまってからだった。遠のく彼に、私は慌てて速度を上げた。

 刹那、彼が突然止まってこちらを向いた。瑠璃色の瞳がかちり、私のそれと噛み合う。その事実にぶわりと汗が吹き出した。浅はかな私は追いついた時のことまで考えていなかったのだ。

「食べないの」

 私はようやく、一言そう絞り出した。先ほど私に話しかけてきた宝石と同じ、無難な台詞を選んだのだった。

 彼は答えず、ゆっくり私から視線を外す。それからすっと金色の腕を伸ばし、真っ直ぐ一点を指した。

「この宴は彼らのものだから。僕が参加しなくたって誰も気にしない」

 寂しさのような、諦めのような、無機質な声であった。と同時に、私もそのことを思い出した。私が生まれた星と全く違う星で、彼らは式を挙げていた。

 力が抜けてしまい、へたり込むように座る。彼も私のすぐそばまで歩いてきて、腕と腕が触れてしまうほど近くに座った。

 瑠璃色の彼の横顔が、一瞬揺れて煌めいた。彼が寂しそうに見えるのは光の加減だったりするのだろうか。もしそうなら良いと思う。これ以上、正解のない幸福と正しさを求める彼が眠れない夜を過ごすのは嫌だった。

 彼は俯いたままに口を開く。いつもより少しばかり早口だった。

「ねえ、君は、本当はここに来たくなかったんだよね。だけど僕のために嘘ついたんでしょ?」

 そうだっただろうか。そうだったかもしれない。でも今はどちらでもあまり関係がない気がした。私のかつていた星に戻ることは、既に難解な事象と化したのだ。彼は私が答えないことを不安に思ったのか、子供が親の機嫌を伺うみたいに顔を覗き込んだ。

「怒ってないの」

 怒ってないよ。鸚鵡返しのようにそう返した。彼は少なからず驚いたようで、一瞬目を見開く。しかしその後、すぐに視線を熱っぽく漂わせた。彼もこの式典の空気に酔ったのかもしれない。

「ねえ」

 どこか甘えるような響きをまとい、彼が耳に唇を寄せてくる。悩ましげで艷やかで、そしてどこか潤んだ声であった。

「僕らも誓おうか」

 何を、なんて問うのは野暮であった。

 私がそちらを向いた瞬間、彼の唇が微かに触れた。すぐに音を立てて私の頬にひびが走る。けれどもう何でも良い。彼が少しでも安心できるなら、本当に何でも良かった。

 一度離された唇が再び触れた頃には、周りの騒がしさなどはもう、とうに意識から消えていた。
フォスフォフィライトと宴の夢


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