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「おい、弁当はまだか!? いい加減こいつらが持たんぞ!」


気温と空腹で疲れきっている他の部員を見渡しながら、ジャックは誰にともなく叫んだ。

試合は現在6回裏、相手高校の攻撃である。皆ベンチに座って休憩しているが、その疲労の色は取れることがなかった。まずいな、と亮は眉を寄せる。彼らの不満が爆発するのも時間の問題だろう。


「ふぅん、食い物ひとつぐらいでそう喚くな」
と相変わらず空気を読まない海馬が火に油を注ぐようなことを言う。


「何だと!?」


無論、超可燃性のジャックの怒りはますます強くなった。掴みかかろうと腕を伸ばすと、それを吹雪が慌ててなだめた。


「落ち着くんだアトラス君! 今彼と喧嘩したって何の意味もないだろう!?」

「…フン!!」


ジャックは鼻を鳴らしながらもなんとか拳を収める。しかしこの吹奏楽エリアは空腹という『見えるんだけど見えないもの』のネガティブエフェクトでかなり険悪な空気になっていた。ジャックが言っていることが紛れもない事実なのだと、部員たちも感じているのだ。


「ちょっと、どうするのさ亮! みんな怒ってるよ」

想像以上の険悪ムードに眉を下げながら、吹雪は隣の亮に耳打ちした。相談された亮はわずかに肩を竦める。


「どうしろと言われても……弁当が来ないのなら仕方がないだろう」

「そんな事実の指摘じゃなくて! ほら、このムードを和らげるために僕と君と藤原でショートコントを……」

「丸藤、吹雪……あれじゃないのか?」


何かよくない提案をしはじめた吹雪を遮るようにして藤原が横を指差した。え? と思わず振り返った吹雪と亮は、少し離れたスタンドに座る見知った顔たちを発見した。


「ぃよし! ナイスプレーだったぜ☆」
「いいぞー、いけいけ!」
「本田ァ! そいつ盗塁の構えだぞ、気をつけろよ!!」


そう、そこには元気に応援する弁当輸送班の姿g「凡骨キッサマァアア!!」


「やべ。アテム!」

「ゑ? 城之内くっどぅは!


皆さん、人を盾にするのはやめましょう。

その前に楽器で人を殴るのはたいへん危険なのでやめましょう。


「キサマら、来ていたのならさっさと弁当をよこせ!!」

「びゃあぁああぁん! AIBOOOO!!」

「ああ、お前たちが弁当を運んできてくれたのか。すまないな、だが随分と遅かったな」

「遅れてすまない。俺のミスなんだ。弁当はここにある」

「うわぁあぁあぁあああぁAAAAIBOOOO!!」

「ふぅん、遊星か。悪いと思っているならさっさと配れ」

「そうする。皆手伝ってくれ」

「AIBOOOOOO「いい加減うるさいYO!」」


わらわらと弁当を提げた弁当輸送班が、吹奏楽の面々に配っていく。とても豪勢な弁当に吹奏楽メンツのテンションが大☆喝☆采になった。



「フン、待ちくたびれたぞ遊星。…これはまたあいつの弁当か」

「すまない、ジャック。味の方は大丈夫だ、鬼柳がとても気合いを入れて作っていたし、みんな美味しそうに…」

「…美味しそうに?」

「お、美味しそうに見ていた」
まさか完食したなどと言えず急に目を伏せた遊星を若干不審に思うも、食欲が勝ったジャックはすぐに割り箸を割って弁当に手をつけはじめた。まあ悪くない、と褒めていたので遊星もほっとする。


「おーい、遊星! こっちにも弁当をくれないか」


自分を呼ぶ不動(父)に気付くと、不動(子)は父のもとへといそいそと弁当を手に持ち駆け寄った。この休みはなかなか会うことも少なかったため、不動(子)も嬉しそうだ。不動(父)は嬉しそうに微笑んで弁当を受け取る。中身を見て、ますます笑顔になった。


「うわあ、美味しそうだな。流石鬼柳くんだ」

「父さん、磯野先生への連絡は…」

「ああ、あとでしておくよ。そんなことよりこの試合、もう勝ちは決まってしまったかな……」
なんとなく悲しそうな語感に遊星は首を傾げた。


「いいことじゃないか」

「いやぁ、科学研究会の皆でハワイ旅行したかったからさ。これで勝っちゃったらハワイは無しだ……負けてくれないかな」

野球部が聞いたら怒りそうだな、と遊星は肩を竦める。ちなみに科学研究会とは不動(父)やゴドウィンさん家等々、元衛星大学科学科のメンバーの会のことだ。


一方その頃、十代とヨハンは万丈目のもとにいた。


「きさまら、この万丈目サンダーがいると知りながら散々待たせるとはいい度胸だな」

「わりぃ、ちょっと色々あってな」

「すっげぇうまいから食ってみろよ、万丈目!」

「フン、言われなくても食う。
 ……待て、お前はこれを食ったのか?」

「そりゃ食」言わせねーよと言わんばかりにベッチィイン、といい音をたててヨハンが十代の口を塞いだ。

「あははは、十代はうまそうって言ったんだぜ。オレたちが吹奏楽の弁当食えるわけないだろ」
爽やか100%の笑顔なヨハンに益々万丈目は訝しがったが、深く追及するのはやめたようだ。十代はもはや平手打ちレベルの勢いで塞がれたので若干瞳が潤んでいた。

こういう時、ヨハンは大胆だ。






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