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「今日って昨日よりは涼しいんじゃないか?」

「ん、まぁな…昨日よりかは暑さにへばる心配は無えけど、代わりにやってくる眠気っつーのはなんでこう、ダイレクトアタックをぶちかますんだろな」

「それは言えてるなー」
十代は困った笑顔で頷いた。実際、睡魔とギリギリの戦いを繰り広げる者、外を眺めてうとうとする者、わからない問題を当てられ顔芸を作る者、様々な者がいた。


窓際の城之内は吹奏楽部が乗り込んでいくバスを眺めながら、大きく欠伸をした。ちなみに遊星は今日は一応ノートを開いているが、外を見るでも黒板を見るでもなく、ただぼんやりとしていた。十代もうとうとしながら教科書を掴んでいる。波打ち際に上がってしまったクラゲのような脱力感であった。


そんなやる気無しの一行の耳に、ふと窓の外から楽しげに歌う声が聞こえてくる。


『♪たーったーらたったーら、たーったーらたったーら、たーったーららったーたらー』


吹奏楽だ。きっと応援で使う曲を口でセッションしているのだろう。
コンバット・マーチを歌う快活で元気そのものの声は、元々0に近い彼らの補習へのやる気をどんどん削いでいく。そのうち声は小さくなり、エンジン音とともに聞こえなくなった。…どうやらバスは出発したらしい。



「…行ったな」

「あーあ、いいなぁ吹奏楽は」
十代は、羨望と嫉妬の入り交じった台詞を吐いた。

「だーよなぁ…」
皆その気持ちは一つである。『結束の力』はあるのに、『補習教室』というフィールド魔法はそれを無効化してしまう、困ったものだ。



「野球の大会か…なあ遊星、お前の父ちゃん吹奏楽だろ? 俺らも連れてってくれって頼んでくれよ」

「無理だな。あれでいて教育には結構厳しいんだ。
俺のD・ホイールの免許取得だって肩たたき券2枚綴りでやっと許してくれたぐらいだ」

遊星はシャープペンをくるくる指先で回しながら答えた。その指使いも声も、いつになく覇気が感じられない。いつも張りのある蟹ヘアーも、どこかしなびて見えた。

いや、それ結構甘いだろと城之内がツッコむが、それをかき消すように十代の大あくびが間に入った。


「ふわぁああああ…あー、眠ぃなぁ…
あ、そういや遊星、今日はチャリンコで来たよな。何でだ?」

「そうなのか? へー、珍しいこともあるもんだな」

「ああ、それは……それは、」

遊星が、急に項垂れながら爪が食い込むほどきつく拳を握りしめる。わなわなと震えたその身体に十代がぎょっと目を見開いた。

「何だ、どうしたんだ?」

遊星はきつく唇を噛みしめて躊躇うように沈黙していたが、ゆっくりと口を開いて言葉をつむいだ。




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