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「ちくしょう、御伽の野郎…」

御伽が提示した条件、それは『明日までにメンバーを集めること』であった。
学校に残っている様々な補習メンバーには全て声をかけたのだが、


「ああー…あれね。悪いな、太郎たちも俺も、家の手伝いで時間無いんだわ」
「…そうか」

「僕は弟たちの世話があって無理だな。…梶木君? ちょっと待って、今宇宙との交信で……冗談冗談、彼なら実家へ帰ったみたいだよ。漁の手伝いだって」
「くっそ駄目か…わりぃ、ありがとな」

「きしゃま暇かぁ? 暇なら来いよぉ」
「うわぁああ逃げろぉおお!」
「顔オバケだぁあ!」


誘う者誘う者悲しいほどに、全滅だった。


「……いないな、思ったより」
遊星は額から落ちる汗の玉を拭う。
「こうなったら家知ってる奴全部にあたろうぜ。割といるだろ、帰宅部の知り合いとか」
「帰宅部か……俺の知っている奴は、バイトや別の習い事をしている奴ばかりだ」
「あー……確かにな、俺もそうだ」
「まぁ、連絡網が回ったのに誰も来ないんだから望みはうしゅいだろうねぇ」
「この時期に大会の無い部活を当たるのもいいかもしれない」

「あいつは…」
深刻な顔で相談しあう3人の輪を外れてだんまりのままだった十代が、廊下の先を見据えてぽつりと零した。
3人はその呟きのような一言を聞き漏らさなかった。シャベッタァアアア!! とでも言わんばかりの勢いで皆が一斉に振り返る。その先にはサッカー部のユニフォームが3人、談笑していた。首に掛けたタオルで、紅潮した頬の汗を拭っている。その顔は運動部らしい活気と達成感に満ち溢れていた。


「いやあ、あのシュートは卑怯だろ。何だよルーンの瞳って」
「確かにあれはなかなか面白かったな。プレイングにも全く隙は無かった」
「へっ、練習試合だってゴールはブレイブ様が頂戴するぜ!」

どうやらサッカー部の練習試合が一段落したらしい。MFのヨハン、FWのアンドレ、ブレイブだ。童実野高校サッカー部はこの界隈でも有名な強豪校で、点取り屋で名を馳せるこの3人は校内でも有名だった。

だがしかし、サッカー部としてのヨハンを知らないこの補習班にとっては、弁当輸送の共犯者なわけであって。

城之内の目がヨハンを捉えてぎらっと輝く。


「見っつけたぜぇえ!」
「ん?」
いくら運動神経に秀でたサッカー部とはいえ、背後から飛び掛かってきた城之内を避けるのは難しかった、のだ。



「ったく、いってぇなー……って何だこの状況」
「出たな、極悪新聞配達」
「出やがったな…傘パクヤロー」
「知り合いなのか?」
遊星とアンドレが同時に傍らを見やる。城之内とブレイブは「まあな」と返事をするなりじりじりと間合いを広げていた。彼らにはある日から少々の因縁があるのだが、それはまた別の話なので割愛する。とにかく今はそのふたりの敵意ともいえない異様な雰囲気に対して、周りは戸惑うばかりだ。


「…っと、今はおめーに用があるんじゃねえ。そこの緑の! ヨハンに用があって来た」

「オレ?」
ヨハンは自分を指差した。目を丸くしていた彼はなにか考え込むふうに俯くと、ああそうかと今度は顔を輝かせる。表情がずいぶんなめらかに変わるひとだと遊星は感心していた。

「オレにジュース代の150円返しに来たんだろ? 利子つけて1000円でオーケーだぜ」
「借りてねぇよ!! 吹奏楽の件だよ! ほら助っ人の話、弁当腐らせたって御伽にバレて強制参加なんだ」

…ああ、あれかー。少しの沈黙をおいて、ヨハンは苦笑いを浮かべて舌をちろっと出して誤魔化した。主に可愛い女子高生などが使う、てへぺろ戦法というやつである。主に自分の失敗を誤魔化す際に使われる。彼の場合この行動は無意識であるが。

「おいおい、部活サボってやった仕事なのにやらかしたのか? やれやれだぜ」
「それは言うなよーブレイブ。オレだって手伝いたいけどさぁ、こっちの大会の予選もあとちょいなんだよ。夏休みの終わりくらいでいいなら手伝うぜ」
「ダメに決まってんだろ! ただでさえ立候補のいねぇ吹奏楽ぶんの人数確保しなきゃいけねぇんだから、お前が欠けるのも困るんだよ」
「んー、こっちだって練習にオレが欠けたら困んだよ。今ちょうどこいつらと必殺技の練習しててさ。な、な、わかってくれよー」

ヨハンはなかなか折れない。城之内の畳み掛けるような剣幕を、へらへらと底抜けに明るい向日葵のような笑顔でかわしている。理由は真っ当だし、悪いやつでもないし、怒ろうにも怒れない。そういうもどかしさに城之内の声には隠しきれない苛立ちが燻っていた。

「ぐぅっ……だからよおっ!」
「……あーうぜぇな、わかんねぇかなぁ」
ブレイブは頭を掻きながら、ヨハンと城之内の間に割って入る。表情は笑っていたが、その言動は小馬鹿にするような音を持っていた。

「お前らみたいに暇じゃねぇんだオレらは。こいつはハッキリ言えないだけで、もうお前らとはかかわり合いになりたくないんだとよ」
「へ? いやそういう事じゃ」
「んだと……!?」

城之内の眼が激しい熱を持ってブレイブを睨んだ。ブレイブはそれを軽い嘲笑で受けている。一触即発、いつ拳が出てもおかしくない。振りかぶろうとする癖の悪い腕を、城之内は何とか抑えている。ブレイブの口ぶりはそれを煽るようだった。

「……くだらん」十代が短く吐き捨てる。
「クク、安い青春ドラマだねぇ」マリクの口振りは完全に他人事である。遊星は口を結んだまま、厳しい目でそのやり取りを静観していた。

「やめろブレイブ、上級生相手に」
「上級生つったって、年上と目上は違えよ。それを言ったらヨハンだって上級生だっての」
「そういう問題じゃないだろ」
見かねたアンドレが諫めるが、取り囲む空気は冷え込んで治まらない。
「っ――もう我慢できねぇ!」城之内の足が一歩踏み出した時、

「おい、」

彼は動いた。


低い声に、皆が振り返った。それまで成り行きを見守っていた青い目が、ヨハンだけをとらえて強烈に貫く。一瞬音が消えた。

「わ、わ、なんだ?」
遊星はつかつかヨハンに迫っていく。いつもより蟹頭が大きく見えた。動物が相手を威嚇する時に自分の姿を大きく見せようとする、みたいなやつに近いのかもしれない。
殴られると思ったのかヨハンが顔の前に手のひらをかざすが、彼はヨハンの前でぴたりと止まった。靴底が床を擦って、甲高いブレーキ音が鳴る。


「えーっと、なに「デュエルしろよ」
決着のつかない堂々巡りの問答。遊星はそれが嫌いだ。






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