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夏は夜が遅い。

夕陽が沈みはじめたもののまだまだ明るい午後6時に、十代は暇をもて余しながら寮の食堂でただ一人晩御飯を食べていた。他の生徒は実家に帰ってたりまだ部活動だったりで、現在食堂にいるのは十代だけである。特待生寮に遊びに行こうかな、とも考えたがヨハンは食べ過ぎですぐ部屋に帰って寝込んでしまったから無理そうだった。というよりあれだけたくさん焼肉を食ってもまだ晩御飯が入る十代の胃袋がおかしかったのだが。


「今日はずいぶん人がいないねぇ…何かあったのかい?」

調理場で味噌汁をすくっていたトメさんが、心配そうな顔で十代に尋ねた。聞かれた十代も首を傾げる。

「わっかんねぇ。野球部も帰ってきてないってヨハンも言ってたな」
十代は言ってからご飯を勢いよくかきこんだ。


彼やヨハンは学校の近くにある学生寮に暮らしている。田舎だし小さい学校だが部活動の成績はそこそこ全国に知れ渡るレベルなため、部活関係で他県から来たごく少数の生徒はこの寮を利用しているのだ。特待生である亮や外国から来たヨハンら留学生も学生寮に住んでいるが、留学生らの暮らす特待生寮と一般生徒寮は別もの、しかもひどく待遇の格差が見える建物となっていた。あまり綺麗すぎる部屋も嫌な十代はこの寮をひどく気に入っていたからいいのだが、おおむね生徒からは不評だった。


「…なんでか翔もいねぇし。カイザーが部活の間は寮にいるって言ってたんだけどな」

話題に上がった翔は食中毒で倒れた兄、亮の見舞いに行ってしまって留守にしているのだが…その元凶のひとりともいえる十代がその事実を知るよしもなかった。


「そうかい…何かわかんないけど、今日は変な日だねぇ」

「だよなー」
運ばれてきた味噌汁に手をつけながらご飯のおかわりを申請していると、ふとつけっぱなしのテレビでニュースが始まった。
十代は普段ほとんどニュースを見ないしあまり興味もない。でも、その時ばかりはいやに聞き覚えのある単語を聞いて思わず画面を見てしまったのだ。

…そして十代はあったか味噌汁の入った椀を思わず落としてしまった。

「嘘だぁああああ!!」


**


「ただいま」

弁当輸送班との夕食、そして鬼柳への報告を終え、自分の住処ポッポタイムに帰ってきた遊星は、家の電気がまだ点いていないことを確認して首を傾げていた。クロウやジャックはだいたいこの時間に帰ってくるはずだったのだが…リビングの電気をパチパチと小気味良く点けて彼はソファに座った。


(…着信も無しか)

遊星は白地に青のスタダカラーなケータイを取り出した。だいぶ昔の型のストレート式ケータイで、機種料金が0円だったから購入した物だ。
高校になって各々の連絡手段にケータイを使うようになったのだが皆最低限の連絡(「今帰るぜ」とか「遅くなる飯いらん」とか)しかしないため、もはやポケベルでもいいんじゃないかと遊星は常々思っていた。でも二人にとってケータイは憧れでありお洒落の一環らしい。まあ遊星も何だかんだでスタダケータイを愛用していた。

…帰ってくるまで待てばいいか、と遊星はリモコンを取るとテレビを点けて適当にチャンネルをまわした。座る、点ける、まわす。その一連の流れはもはや家に帰った時の習慣で惰性だった。


と、これまた惰性のままに遊星が結局明日の天気予報をぼんやり眺めていると、ケータイが鳴った。電話だ。


「もしもし」

『不動遊星か。僕だ』

「…エドか」


電話を掛けてきたのは、クラスメイトのエド・フェニックスだった。遊星は彼とあまり話をしたことは無かったが、テレビで活躍している有名人だということは遊星も知っていた。現に、今流れているCMにはエドが似合わない営業スマイルを浮かべてカードパックの宣伝をしている。そういえば彼の笑顔を学校で見たことが無いな、と遊星はテレビに目を向けながらケータイの奥から聞こえるエドのため息を聞いていた。


『何故僕が電話をしてきたかは…話すより目で見たほうが早いだろう。8チャンネルを見てみろ」


「ただいまー、悪い、最後の配達が遅れちまった」
「ねえ遊星、お昼頃に川にいたよね!! 俺ちゃんと見たのに龍可もモクバも信じてくれなくて…」
「もう、遊星がそんなハイテンションで水鉄砲撒き散らしてるわけないでしょ」

エドが内容をきりだしたそのタイミングで、クロウが龍亞龍可を連れて帰ってきた。遊星が電話中と見るや若干声をひそめて、双子は遊星の横のソファーに、クロウは遊星の後ろに立ってテレビを眺めはじめた。

「8チャンネル…」
彼の指が、8のボタンを押した。こちらのチャンネルはニュースをやっているらしい。
一人の男性キャスターが興奮しながらマイクをとっている姿が映し出された。


『えー、本日新野球場で行われていた童実野高校VS菜須賀高校の試合、優勢に事を進めていた童実野高校にま・さ・か・のアクシデント発生だぁー!! 現場にいた当番組のカメラが、その緊迫した状況をスクープしていた!』


野球、童実野高校…ということは今日の試合か…? 遊星はじわじわ立ち上る嫌な予感に拳を握り締めた。そのアナウンサーの言葉とともに画面に見覚えのありすぎる野球場が映った。映像は日の昇り具合からして、昼間頃撮ったものだろう。俺たちが帰った後か、と遊星は汗ばむ額を手袋で拭った。


「童実野高校って、遊星たちが通ってる学校だよね?」

「ああ。ったく、誰か何かやらかしたのか?」

龍亞の質問にクロウは頷きながら、面倒そうな顔つきになって遊星の隣に腰かけた。遊星はもはや息をするのを忘れて画面に見入っている。エドもケータイの向こうでテレビを見ているのか、無言だ。


「はぁ!? なんだこれ…!?」

カメラが野球場前の駐車場を映し出した瞬間、クロウは目を見開いた。おびただしく並ぶ救急車に、その周りを囲う野次馬。次々と見覚えのある生徒たちが担ぎこまれていき、不安を煽るように回る赤いサイレンが苦しみ歪む顔を照らしていた。まるで映画みたいに現実感が希薄な光景だった。


『なんと、応援に駆けつけた吹奏楽部の生徒たちが次々と倒れていったのだー!!』

「マジかよ…」
先ほどまでのかったるそうな気配はどこへやら、クロウはその凄惨な光景に苦々しい顔をしていた。

と映像が切り替わり、カメラは運びこまれる不動教諭と傍らに駆け寄る御伽を映した。あれは父さんと…弁当が足りなくて食べれなかった人…と遊星は思いだしつつ下に現れたテロップを凝視した。


『食中毒とみられる症状で吹奏楽部の生徒と教師が病院に搬送』


やっぱり弁当なのか? 俺たちが運んだ?
遊星は完全にフリーズした。目をかっ開いたまま微動だにしない。
皆を食中毒にしてしまった。迷惑をかけてしまった。

俺の、せいで。


「おい、これ遊星の親父さんじゃねーか!?」
そんなクロウの心配の言葉ももはや遊星には届いていなかった。

「そういえば、吹奏楽ってジャックがいたんじゃない?」

「ああっ! あれジャックだよ!」

ぱっ、と再び切り替わった映像にちらりと見えた、金髪のでかい影。思わず3人が身を乗り出した。遊星はそれより、また下のテロップが気になった。


『原因は弁当の保存状態が悪かったためと思われており、弁当の販売店に事情聴取を取る方針』

『…ということだ。明日から吹奏楽が募集をかけて…おい、不動遊星?』

もうその時点で遊星はケータイを放り出していた。


「鬼柳ぅううう!!」



**



『ふふ、なーんか大変なことになってるでしょ』
ニュースを見ている最中に来た杏子からの電話に、遊戯はもういっぱいいっぱいになっていた。

「ということは…俺たちが運んだとは気付かれて無いみたいだぜAIBO!! よかったぜ!」

「それどころじゃないよもうひとりのボク…!」

『どうしたの、遊戯?』

「う、うん、大変なことになっちゃったね。あ、連絡網ってこれのこと…?」

『そうそう、吹奏楽の手伝い募集だってさ。明日9時に東音楽室集合』


遊戯は受話器を耳に押し当てたまま、AIBOAIBO喧しいアテムを足で遠ざけた。もう即、電話を切って泣き出したい気分になってきた。
あんな炎天下で長々運んでしまったのがいけなかったんだ。自分たちが運んだことは確かに言及されてないがそれでも原因は明らかだ、だって電車で食べてた彼らは何ともなかったじゃないか…
遊戯は歯噛みした。水遊びの時間がまずかったのか、線路を歩いてきたことがいけなかったのか…何にせよ、自分たちに難があったのは明らかだ。


「そ、そっか…でもボクちょっと用があって」

『そうよねー、夏休み返上してまで手伝いする人なんてそうそういないよねー! アハハハ』

「…そうだねー…」


喋りながらも遊戯の心に広がる罪悪感のモヤは取れることはなかった。むしろ、呑気なアテムと事情を知る由もない杏子に挟まれてさらに肥大化したように、思う。

彼らの運命を操ることとなる連絡網が全員に回るまで、あと少し。




【次回予告】

なんだって!? あの弁当は遊星が運んだやつだってのか!? マジかよ…けど、バレてねぇならまだいいんじゃねぇか。どうせジャックも気付いてねぇしよ。
…って言いたいとこだが、そんなお前たちの事情を知ってるやつが吹奏楽にもいるみたいだぜ!

次回、遊☆戯☆王5DX外伝『SWING★DUELIST』第二話「ビッグバンドはじめようぜ』!」
ライディングデュエル、アクセラレーション!!





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長かった前置きにようやく終わりが見えた…

ということで、一章終了!




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