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野球場の周りに救急車と野次馬がひしめいている。野球を撮っていたはずのテレビカメラは、好機とばかりにいつの間にかこの惨状を報道していた。


「生徒たちは食中毒とみられる症状を発症しており……」

「食中毒…」


苦しみ呻く童実野高校吹奏楽部員がぞくぞくと運ばれていく地獄絵図の中、御伽は野次馬のやや後方にいた。それでも興奮気味に話すアナウンサーの声は馬鹿にでかく、彼にも現状の中継だけはしっかり耳に入っているようだ。


「ふぅん…やはり食中毒だな」


どうすればいいか分からず呆然と立ち尽くす御伽の横に、海馬が現れた。そう、弁当を食いっぱぐれて難を逃れたもうひとりの男である。御伽は彼の出現に驚き、だが表情をやや緩ませた。


「海馬くん! 無事でよかったよ。やっぱりあの弁当が原因か…」

「食べていないのは、そして無事なのは貴様と俺だけだ」

「そっか…」


と、現状に落胆する御伽の目に、最後の救急車に運ばれる不動教諭が見えて思わず駆け寄った。担架の上で苦しげに呻く彼に、御伽はとりあえず呼び掛けてみる。でも正直、何を話せばいいか、どんな言葉をかけてやればいいのか分からなかった。


「不動先生!」

「うう……ハワイ、ハワイは? 無しか…?」

「え?」


ハワイはって、何が? 聞き返そうにもすでに車の中に運ばれて真相は聞けなくなってしまった。妙な反応だな、と訝しがる御伽の元に全速☆前進してくる影があった。


「御伽ぃいい!!」

一角獣…もとい、本田だ。なんと今ここに背景であり空気である者たちが集ってしまったのである。さすが野球部の主将、盗塁が得意なだけあって本田は見事な俊足を魅せてくれた。


「あ、本田くっいたたた!!」

なんと、本田は御伽に近寄るなり急にポニテを引っ張りあげた。何故? 咄嗟に対応できなかった御伽はされるがままに体を傾けることになってしまった。いたいいたいと声をあげて、ようやく力が弱まった。…放してはくれないようだ。


「おい、大丈夫なのかよ?」

その激しい行動とは裏腹に本田の口から出たのはそんな言葉だった。

何だ、心配してくれてたのか。
御伽はちょっと感心をおぼえつつ、安堵したような表情で頷いた。


「え、まぁうん。僕と海馬くんは大丈夫だったけど」

「お前が、じゃねぇよ! 次の試合の演奏、大丈夫なんだろうな?」

「…はぁ?」


…何だ、そっちかよ。見る間に上がった好感度が一気にマイナスへ傾く。
完全にしらけたような表情の御伽はぶっきらぼうに顔を背けた。


「知らないよ。食中毒っぽいし、無理じゃないかな」

「んだって!? 俺たちは最後の大会なんだよ。演奏無いと困るだろ!!」

「こっちだってそうだよ!!」


ぎゃいぎゃいとやかましく2人の喧嘩が始まってしまった。彼らは決して仲が悪いはずではないのに、顔を合わせると大抵口論になるのだ。
まあそんな様子などまるで見えていない海馬は面倒だと言わんばかりに眉を寄せた。確かに、こんな事件が起こって次の応援ははたしてできるのか?


「…」

モクバは、いないか。

周りをざっと見回して海馬は落胆したような、安心したような表情を微かに浮かべた。磯野が到着した様子も無いし、来れなかったのだろう。

ふぅん、そうと分かればここにいる義理も無い、と海馬は野次馬たちを巧みにかきわけて帰り道へ全速☆前進しはじめた。


だが。


『兄サマなんか…兄サマなんか大っ嫌いだぁっ!!』

家に帰ろうとする足を、その言葉がずるずると引き戻してしまう。それは一歩ごとに強さを増し、もはや全速☆前進の影は無く低速☆停滞レベルのスピードになってしまった。

…また拒絶されるのだろうか。モクバの悲痛な顔がフラッシュバックして、海馬はとうとう足を止めた。
首から提げた、カード型のロケットペンダントを開く。幼き日のモクバが変わらぬ笑みをたたえていた。



「…モクバ…俺は…この演奏の中で何を見つければいい」


「知らないよ」とでも言うようにさんさんと輝く太陽が、その腕の中に在るサックスを銀色に光らせていた。






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