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御伽は売店で売れ残っていた、パサパサの大豆ロール(遺伝子組換えでない)を買ってもさもさと食べていた。

が、彼の腹は食物以外のものばかりで満たされていた。
腑に落ちない、理不尽、腹が立つ。そういう黒々とした感情だ。


言いたいことは山ほどあるが、あの面子にガツンと言えない自分を何より嫌悪しながら御伽は大豆ロールを食らった。
ばくばく、前歯から染み出る苛立ちも乾燥しきった生地がぱさぱさと吸収してしまうようだ。なんだか力も抜けてくる。虚しさばかりが喉を通り抜けていった。


「全く、…はぁ」

普段つかないような悪態をついて疲れたのか、御伽は深くため息をついた。もうそろそろ試合は最終回だ、声援が一層激しくなっている。早めに帰り支度して、バスの運転手さんを入り口の方まで呼んでこないと。

球場を出ようとしたその時、小走りの不動教諭が現れた。次いで、2人の部員が蒼ざめた顔で走っていく。なんだ? と御伽は首を傾げる。心なしか苦しげな様子で走る教諭に声をかけた。


「どうしたんですか?」

「はは……ちょっと」

何ともいえない返答を残し、教諭と部員たちは走り去っていく。何だろう、気になって御伽は後を追い駆け出した。


「…なんだこれは…!?」

数多の人々がぞくぞくとトイレに駆け込んでいる。その誰もが見覚えのある、童実野高吹奏楽部だった。連れションにしては規模がでかすぎるその光景はかなり異質だった。


が、しかしそんな事より驚愕なのはそのトイレの入口の周りに倒れている人、人、人! これも全員が吹奏楽部ではないか!
何だこれは、新手のテロ? 熱中症?
皆一様に、この気候にそぐわない真っ青な顔でばったばった倒れている。意味がわからない。御伽の頭はショート寸前だ。


と、そんな中でバスクラとともに備え付けられたベンチにもたれかかった吹雪を見つけた。よかった、やっと話が聞けそうな人が現れたと御伽は息をつく。


「えっと…大丈夫、吹雪くん? 何があったんだい」

呼ぶ声を聞いてうっすら目を開けた吹雪は御伽を確認し、泣きそうな笑いそうな妙な表情を浮かべた。


「ああ……、君はたしか」


吹雪の言葉が止まった。と同時に彼は真っ青な顔のまま、…その、リバースカードオープンプン!した。そしてターン経過を待たずにドン★とG、E、R、Oの4文字が揃いウ胃ジャ盤の効果が発動してしまった。

…単純に言うと、嘔吐した。ゲロッ★である.


「う……うわぁあああ!!」


御伽は衝撃のあまり思わず尻餅をついた。なんてこった。彼のこんな姿、見せられない。

女子の人気を自分とほぼ二分する吹雪に、あまり話こそしないが御伽は妙な親近感があった。とりあえず口をティッシュで拭い、持ってたタオルを顔にかけてやり(後に死人じゃないんだからとつっこまれることになる)(でも御伽は女子の人気的な意味で絶対死んだと思っていた)、ベンチに横にしておくことにした。というかそれくらいしかできない。
そして結局、吹奏楽のこの有り様についての話は聞けなかった。いや、ある意味吹雪がその有り様の異様さを体現していたというか。


色んな意味で落胆しかけたその時、スタンドからものすごい濃度の叫びが聞こえた。

どうしたんだ、またさらに何か起こった!? 思わず駆け出した御伽の前に映ったのは、


「バンザーイ、バンザーイ!!」


童実野高校の勝利に輝かしい笑顔で万歳をする、父兄たちの姿だった。叫び声は勝利の歓声だったのだ。

まさにスタンドと裏側、父兄側と吹奏楽とでは天国と地獄である。
御伽はその光景の落差と、唯一生き残ったというある意味さらに背景キャラを加速させるような状態にガクリと膝をついた。



――だが、全滅したと思われた吹奏楽部で生き残っていたのは、御伽だけではなかったのである。



**



さて、補習組はというと。


帰りはもう線路歩きは嫌だったので、再び一時間待ちだがなんとか電車を捕まえた。


「で、どこで食べるよ?」

「どうする? 近くのファミレス知らないんだけど」

「…俺の知ってる飯屋が、次の駅の近くにあるんだが」


ということで、今回は遊星の通う飯屋に行くことになった。
そこは最初に乗ってきた駅より数駅前の衛星駅の近くにある、とのことで皆衛星駅で降りたのだ。


人通りのない閑散とした路地裏から伸びた道に、その店はあった。


「やっぱりシルバー☆で焼く肉はうまいぜAIBO!」

「うん、金網すらシルバーと表すその傾向は褒められないけどこのお肉はおいしいよ」

「それはよかった。おじさんの焼き加減は少々刺激的だからね」


この焼肉屋『サイコデュエル』は、年齢不詳(自称おじさん)のサイコデュエリスト、ディヴァイン店長自らが魔法カード『ファイヤーボール』を具現化して肉を焼いてくれる異色の店だ。光熱費ガス費がかからないので、特異性のわりにお値段はリーズナブル、しかもご飯おかわりセットが100円なのでこの界隈の貧乏学生たちの強い味方になっている。

ちなみに肉嫌いのマリクふたりには、焼肉屋のくせに存在するベジタリアンセットと肉抜きのお子様セットが宛がわれた。



「しっかし、遊星ん家あの衛星地区だったんだな。つーことは衛中出身か」

「ああ。電車は金がかかるから、俺たちはいつもバイク通学なんだ」

「へえ、遊星君は衛中だったんだ。あそこ不良ばっかって有名だよね。あ、ナムくんそこのアイスと豆板醤取って」

「はいはい、っと。そういや僕が転入したときの童実野中も不良の巣窟だったな」

「ヘッ、テメェはグールズなんて変な組織作ってたよなぁナムよぉ」

「うわっ白兎先輩、オレのフリルが汚れるからグチャグチャ食わねえで静かに食ってくんねぇ?」

「まだ兎言うかまりも野郎、ぶちのめすぞ」

「まぁそれは主人格しゃまの黒歴史だから触れないでやりなぁバクラ。おおぅ、チャーハンうまいじぇ!」

「おおっ、マジか? 一口分けてくれよマリク!!」

「はん、きしゃまは嫌だねぇ十代」

「そういえば城之内くんは5時からバイトって聞いてたぜ。時間大丈夫か?」

「うおっ、やべぇ忘れてたぜ!」

長くぐだぐだお喋りにそこでようやく動きが現れた。がたがたと城之内が慌ただしく立ち上がったが、お喋りと食事に興じる一行はあまり気にならなかったようだ。


「…俺のバイク、使うか?」

このメンツ1気を遣える男、遊星は箸を置いて鍵を取り出した。俺の家は近所だから距離は大丈夫だ、と遊星は言うが城之内はバイクの免許はまだ持ってない。首を横に振って、代わりと言わんばかりに頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「気持ちだけ受け取っとくわ。俺は先に帰るぜ、じゃな!」

「気をつけてね。今日は楽しかったよ、城之内くん!」

「この辺りは治安が悪いから気をつけてくれ」

「ガッチャ☆じゃあまた明日会おうぜ!」


皆口々に別れの言葉を言いつつも、ご飯を食べる手は休めない。さすが育ち盛りたちだ。城之内は皆と別れるのは少し寂しかったし、久々の肉をもう少したくさん食べたかったものの、バイトには抗いようがない。

時計は4時30分。さて、ここから走って間に合うか。城之内は「ごちそうさまっす」とディヴァインに挨拶して、走り出した。


しかし夏の沈まぬ大陽は囁いていた。

『夏』のバトルフェイズは、これからが始まりだと――






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