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「…なんとか吐かずに済んだね……大丈夫?」
「ふぅん、俺の胃は100万ボルトだ……」


会場に着いた僕たちは、バスに積んでいた楽器を降ろす作業から取りかかった。僕のアルトサックスは比較的軽いからいいけど、チューバとかの低音楽器はケースも大きいし結構重い。


「ちょ、海馬くん今の具合じゃ持てないでしょ、テナーよこして」

よろよろしながらテナーのケースを持つ海馬くんの手から、僕は呆れながらもそのケースを受け取った。受け取ったというより奪ったみたいな感じだけど。


「ふぅん。お前ごときにそれが、持てるのか?」

海馬くんのテナーサックスは、KCって彫られた銀のケースに入ってる。いつも海馬くんが持ち歩いてるジュラルミンケースみたいなやつだ。このケース何でできてるのかわからないけど、テナーにしてはすごく重い。


「くっ、無駄に偉そうで腹立つ……あ、海馬くん、モクバくんはまだ着いてないの?」

「まだだ。磯野はまだ補習授業の講師の仕事が残っているし、モクバは午前中友人との約束が入っているそうだ」

「そうだ、って…」

「…磯野から聞いた」


しゅんと肩を落とす海馬くんはらしくなくて笑えたけど、今までの事情を聞いてるとそう笑えもしなくて。


「あー…」
僕は咄嗟に何も言えず、慰めの言葉を探していると丸藤部長が「皆、よく聞け」といつもの号令をかけた。正直、助かった…


「少し早いが金管はもうチューニングをしておけ。終わったら昨日の変更点の最終確認だ。
木管は日陰で日よけの布を付けておけ、チューニングはその後でいい。
未だ不動先生は到着してないようだから、パーカスは会場の位置取りと設置場所を確認しておけ。
今日の気温は非常に高いから、各自で水分補給や体調管理に気を配れ。以上だ」

…やっぱり丸藤さんはすごく頼りになる。皆に的確に指示をし統治するさまは流石カイザーの称号をいただくワケがあるなって思う。
皆返事をしながらも、着々と楽器の準備を始めていく。僕らは皇帝の下に跪く騎士たち、ってとこかな。
…アトラスくんがすごく不満そうだ。でももう君はキングじゃないだろ。

あ、そんな観察してる暇なかった、部長に報告しなきゃ…

「部長! 海馬くんがまだ車酔い引かないから休ませてていいかな…?」

丸藤さんは、なんだか冷たいというか威圧感に満ちた人だと周りの人は言うけど、彼はこの部活で誰より思いやりのある人だと僕は思っている。

「そうか…まあ今はまだ10時30分だ、これから暑くなるだろう…少し休んでいるといい」

だから、こういう返事をしてくれるってわかってた。
「よかった…ありがとう」
「…お前が海馬と一緒にいるのは珍しいな」

「そんなことな…いや、あるかもしれない」

「で、質問なんだが…
お前は誰だ?

こんな部活やめてやる!!


**


あのなんとかという奴は泣きながら手洗いに駆けこんでいった。ふぅん…また背景扱いでもされたのだろう、哀れだな。

「…海馬。あいつはどうしてしまったんだ?」
カイザーは己が放った言葉について何も分かってないらしい。こいつはそういう奴だ。無自覚とは恐ろしい。

「ふぅん、あいつはああいう奴らしい。気にするな」
…まあ相談に乗ってくれた礼はいつかしてやろう、御伽龍児。






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