「よし…2人とも、準備はいいな?」 「フン、俺はとうの昔にできている。クロウ、お前は?」 「おうよ! へへっ、ジャック、今日こそお前を超してみせるぜ」 「…じゃあ、いくぞ」 日射しを避けた、風通しのよい室内。仕舞いそびれた炬燵テーブルに集ういつもの3人は、薄っぺらい紙を何枚か伏せながら互いの顔を窺っていた。 よく手入れの行き届いた畳の上には、彼らのものである学生鞄やらスポーツバックが散らかっている。学生鞄もエナメル質のスポーツバッグも3人同じ物で、どれもひどく使い古してある容貌だった。 彼らは互いに目を見て頷き合うと、一斉にお馴染みの声お馴染みポーズをキメた。 「「「決闘!!」」」 同時にバッ、と伏せられていた紙の1枚が裏返される。ペンで書かれた赤い丸と、名前の横に鎮座する運命の数字。 ――そう、これはテストの答案用紙であった。学生が最も気にする数値であろうそれに一喜一憂した方々も多いであろう。 彼らは今日1日、自分に配られた答案用紙の一切を確認せず鞄に仕舞い、この来るべき戦に備えていた。この幼馴染みメンツで誰が1番優秀なのか…そんな下らない(彼らは大真面目である)戦はいよいよ始まったのである。 彼らの血走った目が、ついに運命の点数を捉えた。 「73点」 「72点だ!!」 「78点!!」 クロウの右手が、高々と上げられた。 「……ぃよっしゃあああ!!日本史は俺の勝ちだぁああ!!」 「やったな、クロウ」 「何…78点だと!? あの教師どもめ、カンニングを容認するなど見下げた奴らだな」 「誰がカンニングだよ!!これが鉄砲玉のクロウ様の実力だっつの」 にんまりと明るい笑顔を浮かべるクロウ。日本史の答案用紙を綺麗に折ってスポーツバッグに仕舞って、強張っていた顔が嘘みたいに晴れやかになった。残る2人ももそもそとそれを鞄に入れる。と、それを見計らったかのように襖がすぅっと開いて、見慣れた水色の髪が覗いた。 「待たせたな。お前ら麦茶で良かったよな?」 麦茶入りグラスを持った鬼柳が現れて、3人のいる炬燵テーブルに「よっこらしょ」とおっさんくさい掛け声をあげながらどっかり座った。座りながら、4人にグラスを配る。各々それを受け取り、一気にあおるようにして飲んだ。 「すまないな、鬼柳。まだ営業時間なのにいきなり押し掛けてきて」 「なんだよ今更。俺達の間に遠慮なんていらねえだろ?」 「そうだぞ遊星。どうせ碌に働いてもいない弁当屋だ、俺達が押し掛けたところで儲けに変化などない」 「おいジャックてめぇ!!最近はそれなりに儲かってんだぞ!!」 「じゃあ昔オレに払ってなかった分の給料払ってくれんのかよ」 「さーて俺は配達しに行くわ」 そそくさと腰を上げる鬼柳に「ったく、調子いい奴だよ」とクロウは肩を竦める。だが、この鬼柳のおかげで3人は集えたのだ。そこはわきまえているらしく、「麦茶は俺らで片付けとくぞ!」とクロウは続けた。 「さて、後半戦行くか!!」 「望むところだ!」 「化学と数学は自信がある」 こうして、 幼馴染みトリオの休日は過ぎていった…… 「じゃあラスト、古典!」 「「「デュエッ!!」」」 「どうだ…っ…うわー、ここで68点かよー! ほとんど全部記号問題だったからカンで行けると思ったら、あんまり行かなかったな」 「カンで68とは見事だが…フン、今回もオレの勝ちだな、クロウ」 「何ぃ!? ……げ、84点!? またジャックに負け越しかよ〜」 「俺はキングだからだ!」 「ちっくしょー意味わかんねえ。期末は負けねえからな! そうだ、遊星はどうなんだよ? ジャックに負けてもお前が勝ってくれりゃあいいや!」 「どういう意味だそれは!! おい遊星、お前の答あ…………遊星、どうした?」 この言い争いのなか、遊星は完全にフリーズしていた。目を見開き、きつく用紙を握りしめながらぴくりとも動かない。その様子にクロウも気付いて、不安げに遊星の顔を覗きこんだ。 「遊星?」 「…てん」 「む?」 「16点…」 ぼつり、と絶望とともに吐き出された言葉に、ジャックとクロウから悲鳴に似た驚きの声があがった。 「えええ!? 遊星が、ありえねえ!!」 「91点の間違いではないのか!?」 答案をひっくり返してみたり、点数間違いじゃないかと確認してみたが、悲しいほどに赤いチョンとした印が並ぶそれはまごうことなき16点。 「何故だ…あんなに勉強したのに」 「しかし設問1の文章題はほとんど当たっているぞ」 「記号問題が壊滅的なんだよ……! まさか!!」 解答と答案を照らしあわせていたクロウが何かに気付いたようだった。彼は遊星の答案用紙の最後の空白を指差して。 「これだ!! これだぜきっと!」と叫んだ。 「なんだ? ただ最後の問題をやっていないだけではないか」 「ああ…文章題に時間をかけすぎたんだ」 「違うんだよ、遊星コレ…答えが全部1個ずつずれてんだ。お前、問1飛ばしたろ?」 「っ、何!?」 「確かに問1の見辛さには腹が立ったな。まさか遊星、貴様…?」 「問1はどこに!?」 「ここだぜ」 とん、とクロウがシャーペンでつついた場所。それは… 「そんな馬鹿な!!」 文章題の下のちょっとした空白に、問1が存在していた。次の設問2の1番最初の問は2から始まっている。細かく言えば、 『問4 傍線Bの現代語訳を書け。 問1 ゑの読み方は? ア,るん イ,る〜 ウ,え エ,デュエル開始ィイ!!』 と、むしろ問4と合体する勢いで、次の設問2から 『問2 あはれの意味はどれか』 が、「ゑ? 一番最初ですけど問1じゃなくて問2ですけど何か?」のようなしてやったり感を醸しながら存在していたのだ。 「多分お前問2から書いちまったんだろうな」 「ヴァカ!! あれは教師がここからが問1だと修正に来ただろうが!!」 「…聞いていなかった」 しゅん、と遊星は項垂れた。今年は補習無しで3人で旅行に行こうと、赤点取らないようにせっかく頑張って勉強したのに。むしろクロウをサポートする形でやっていたのだから、遊星にとってはだいぶこたえた。何より夏休みが削られるのは痛い。 「まぁ気にするな。俺とクロウで行く!」 「ふざけんな! まぁ予定よりちっと遅れるけど、補習終わったら行こうぜ!」 最後のほうでも旅行プランは結構あるしな、とクロウは鞄に入っていた旅行雑誌をぱらぱらめくる。 「…フン。そういうことだ、お前はしっかり勉学に励むことだな!」 「すまない……ありがとう、ふたりとも」 クロウの提案と遠回りながらも励ましてくれているジャックに、遊星はほんの少しだが笑顔を浮かべた。 「なぁ、お前ら満足特大唐揚げ弁当と満足和風ステーキ弁当どっちがいいよ?」 「貴様はもう少し軽いものを作れ鬼柳ゥ!!」 ++++ そう言いつつもみんな食べる。食べたあとで「これツケとくからな☆」とか満足が言ってリアルファイトに発展します← |