短編 | ナノ


スノーマジックファンタジー  



正直、ガキの頃からオカルトの類は信じちゃいなかった。

俺の家から見える、それも結構遠くに見える山はいつ見ても雪が積もってた。春夏秋冬関係ナシに一年中雪化粧してるような山だ。
あの日、まだ小さかった俺は母親と些細なけんかをして、腹いせのように家出をした。
うんと遠くに出かけて、絶対見つからないような場所に行って、後から心底後悔させてやる。その時はそれしか考えてなかった。

それで俺がたどり着いたのがその山で。奥に入れば入るほどに雪は深くなり、冬でもないのに吹雪いてきやがる。
雪に残った足跡も新しい雪が上書きをして見えなくなり、最後にどうなったかといえば、俺は遭難したわけだ。なんともかっこ悪いが。

あのババアを後悔させる前に俺が後悔するなんて、ダサいったらありゃしねえ。
ガキの俺は幼いながらに「ここで凍えて死ぬんだろうなぁ」と悟った。
それでまぁ、なんつーか。早い話そこで出会ったわけだわ。

多分、雪の妖精とやらに。















「私は夏を見たことがないの。夏を見るのが私の夢なの」

「やめとけやめとけ、お前秒殺されんぞ。暑さで溶ける」

「あなた、私を氷か何かと勘違いしてるんじゃない?」

事実そうだろうよ、とはめんどいので言わなかった。その代わりに一つ大きなあくびをする。
空から降ってきそうなほどの星が見えるこの場所に来るのも、一体何度目だ。地理的には東京の中にあるはずなのに、なんでこんなに空気が澄んでんのか不思議だぜ。
俺は凍えないようにジャケットや防寒具で身を守り、雪をしのげる大樹の下であぐらをかいた。

その隣にいる、俺と違って薄っぺらいドレス一枚しか身にまとってない女はため息をついた。
ため息つくと幸せが逃げるんだと、とからかえば、知ってるわよ、と何とも不機嫌な声で返された。

「夏なんて良い事ねえぞ。無駄に暑いし、蒸れるし、虫は湧くし。冬は寒いが着込めばなんとかなる」

「私の夢を潰さないでちょうだい。でも確かにその通りかもしれないわね、世の中には知らないほうがロマンチックな事も沢山あるもの」

女はまたため息をついた。その息は俺と違って白くなって見える事はない。きっと息自体が冷たいんだろうな。
思えば初めてこいつと会ってからもう10年ぐらい経とうとしてるけど、そんな場面一回も見たことねえ。
あの日、遭難した俺を助けたのはこいつ。ふもとに返したのもこいつ。ここに来るたび迎えてくれるのもこいつ。

ガキの頃から何ら愛情とやらを感じることが少なかった俺には、この寒い雪山のほうがよっぽど居心地が良かった。
女は子供の頃からこの山で育ったと言い、俺が来るたびに自分が知らないふもとの世界の話を聞いてきた。
聞かれるままに俺は話したり愚痴ったりするわけだが、もし仲の良い姉がいたらこんなんだろうな、とは思った。

その時、不意に女が俺の手を掴んだ。そのあまりの冷たさに鳥肌が立つ。
なんだよ、と睨みつけると、息もないままに笑った。ったく、俺はお前のその笑い方は嫌いなんだよ。

「……ねぇ、ショーゴ。あなたどうしてここに来たの?」

「んだよ急に。別にいいだろ。俺がどこに行こうが俺の勝手だ」

「そうだけど……私、前にも言ったわよね? もう来るのはやめなさいって」

「うっせー、俺に指図すんな。……どうせ戻ったって、居場所ねえし」

女は眉をハの字に下げた。俺はそれに気付いていないフリをしてその場に寝転ぶ。
下には積もった雪、上には雪から身を守るために葉を茂らせた大樹の枝。外はやっぱり雪が降ってて夜空にはおびただしいほどの星。
芸術の事なんてよく知らない俺でも、綺麗なんだろうなってことは何となくわかった。

こいつはこんな綺麗なところで育ったんだな。俺みたいにくすんでなくて、澄んでて、何もかもが違う。きっと幸せに育ってきたんだろうに、なんでそんな悲しそうな顔すんだよ。
俺が茶化すように、お前って実は200歳くらいなんじゃねえの?とからかったが、なんかそれは無視された。

無視はされたが女は俺に向かって手を伸ばし、ニット坊の上から頭を撫でてきた。
それから言った。小さい頃、よく母親がこうしてくれたと。なんて言われても俺には何だかな。

「ねぇ、命はいずれ終わってしまうのよ。あなたと私には終わりが来るの」

「当たり前だろ、んなの。今更知りませんでしたなんて言わねーよ」

「だったら、どうして出会ってしまったの? あなたは幸せと一緒に悲しみも運んできたわ。……皮肉なものね」

「……仕方ねえことだろ。多分、神様とやらのイタズラだ」

じゃないとしたら、雪の妖精のイタズラじゃねえの? また俺がからかっても女はもう笑わない。
代わりに懲りることなく何度も何度も俺の頭を撫でた。やめろって言っても全然やめる気配がない。やっとやめたと思えばその手は目元に下りてきて、その細い指が目の下を撫でる。
それが終われば鼻筋、そこも終われば唇、それも終われば最後は手の甲で頬を撫でられた。

俺は赤ん坊かよ。そう牙をむくことも面倒になってきて、ただこいつの手の温度を感じてきた。
触られるうちに慣れてきたからなのか、少しずつ冷たさを感じなくなっていく。
女は小さな声で俺に帰りなさいと言ったが、俺はまた嫌だと反抗してやった。もうあっちには帰らねえって決めたから。

「……なんか、眠くなってきやがった……」

「っ……ダメよ、寝るのなら帰りなさい」

「だから指図すんなって。……良いんだよ、俺はこれで」

俺は冷えた手で女の細腕を掴み、思い切り引っ張った。突然の引力にバランスを保てなくなった女は俺の上に覆いかぶさる形で倒れる。
冷たい身体だ。でも、前ほどはそう思わない。腕を引いたのとは逆の腕を背中に回すと、女はまた表情を曇らせた。

やっぱり、お前と一緒にいるって言うのはこういうことだったんだろう。
でも良いんだ。誰にも愛されず、誰も愛さなかった俺が、初めてそれを理解できたんだ。

「……なんで泣いてんだよ」

ポタリポタリと俺の頬に落ちてくる粒は、女の目から流れていた。一粒、また一粒と俺の頬を濡らすたび、じわりと熱が広がって皮膚の奥にも染みていくような気がする。
雪の妖精でも涙は暖かいんだな。最後にそれが知れて、ちょっとだけ嬉しかった。

「ショーゴ……ごめんなさい……」

「やめろ、女に謝られんの嫌いなんだよ。……俺は後悔してねえ」

ゆっくりと重くなっていくまぶたと逆に軽くなっていく意識。
寒さもあたたかさも徐々に遠ざかって、女の顔もぼやけていく。
しんしんと降る雪を遠めに見ながら、俺は女の、名前の唇を奪って笑った。

これが俺のハッピーエンドだ。





元ネタ「スノーマジックファンタジー」song by SEKAI NO OWARI

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