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「征十郎さまはお金で買えないものがあると思いますか」

やぶから棒にそう告げられ、俺は少しばかり首をかしげた。
あまりに唐突だったものだからそうするほかに無かったんだ。
考えてもみてほしい、何気なく部屋の掃除に入ってきた我が家のお手伝いさん(同年代)にそんなことを尋ねられたところで、俺はどう答えればいい。

ただ簡単に「思う」「思わない」のどちらかを答えればいいのだろうか。けれどそれでは味気ない。
俺はフッと口元に笑みを浮かべ、腰を降ろしていたソファから立ち上がり、彼女の隣に立った。
この表情の無い横顔もすっかり見慣れてしまったな。

「キミはどう思う?」

「あると思います」

「例えば?」

「私の心ですとか」

彼女はそっと自分の胸元に手を当てた。その手は歳相応に白い。
「なるほど」と呟いてその手を取っても彼女は何ら反応は示さなかった。

彼女がうちに来て2年目。つまり、僕が中学1年生の時にやってきたわけだ。
僕と同い年だけれど、学校に行っていない。名前も偽名。それが何故なのか尋ねると「私はこの世に存在しないのです」と妙な返答をされた。

それが何故だか俺の興味というか好奇心を刺激して、調べてみたいと思った。
結果は単純。彼女には戸籍が無かった。もちろん親も親戚も居ない。

今までどうやって生きてきたのか不思議だが、それは何度追求しても答えてはくれなかった。
硬く口を閉ざし、「征十郎さまがわざわざお知りになるほどのものではございません」の一点張り。

それがどうしても言いたくない秘密に値するのなら、俺はそっとしておくことにする。
言いたくない事を無理に吐かせようとするほど根性は腐っていないはずだからな。

「……だったら、どうして俺の告白を承諾してくれたんだ?」

「簡単です。お金が欲しかったから」

「ふふっ、相変わらず金には目ざといんだな」

「私が赤司家に来たのはそのためですもの。」

日本でも有数の名家、赤司家。彼女がそこに目をつけたのは単純に金目当て。
けれどその時はただ単にお手伝いとして金を稼ごうと思ってたんだろう。
それがまさか、赤司家の一人息子である俺から将来の告白をされるだなんて思ってもみなかっただろうね。

けれど彼女はそれをイヤだとは言わなかったし、むしろ快く承諾してくれた。
まぁ、彼女は俺を愛してはいないだろう。あくまでも赤司家の財力に魅せられただけ。

「愛はお金では買えませんのよ」

「君という存在は買えるのにね」

「ええ。私はお金さえもらえれば、殺される以外なにをされても構いません」

彼女はその白い手をそっと俺の頬に滑らせた。見た目よりもその手は暖かい。
そのぬくもりがどうも今では会えない母とだぶってしまって懐かしくなった。

誰かが言っていたと思う。手が冷たい人は心が温かいのだと。
ならばその逆に、手が暖かい人は心が冷たいのだろうか。そんなことをふと考えた。
この心地良い手を持つ彼女は、心の芯はとうに冷え切ってしまっているのだろうか。

「……かわいそうに」

俺はぼそりと呟いた。それに対して彼女は何のリアクションをするでもない。
ただただいつものガラスのような瞳で俺を見つめるだけ。

俺はこんなにも愛しく思っているのに。それなのに彼女は俺を愛してはくれない。
将来俺と結ばれてくれると約束しても、そこに暖かさはない。

ただ彼女は貪欲に金を求める。きっとそれだけの理由があるのだ。
だけど先に言ったとおり、俺はそれを追求はしないし気にしない。
もしも彼女が金しか愛せないのなら、それをひっくるめて俺は彼女を愛す。

そしていつか、金を含めて俺を愛してくれればいいと、思う。

「……君は、金で愛や心は買えないと言ったね」

「はい、その通りです」

「俺も同感だ。形だけ買えても、本質は金で買えるものばかりじゃない。……でもね」

俺はその絹糸のような髪を撫で、そのまま額に口づけを落とした。

「……楽しみなんだ。君がいつか金より俺という存在を求める事が」

「……そんな日が来ますかしら」

「来るさ。俺にできないことはない」

「それなら……征十郎さまが私に与えてくださる富は、前払い金という解釈でよろしいのですね」

前払い金か、確かにそうかもしれない。
彼女の心を手に入れるために、前もって金を払う。要は予約制だ。
まぁ、金を払っても、望みのものがいつ俺の手に届くのかはわからないけどね。

「それでも愛しているよ、たとえ金で繋ぎとめている心だとしても」

「……私は愛しては居ませんけれど、いつか愛する日がくると良いですね」

そもそも戸籍の無い私と結婚なんてできるのでしょうか。そう呟こうとしたであろう彼女の唇を強引に奪う。
ほら、もう有無は言わせないよ。俺はこういう風に、君の存在を手に入れる事はできたのだから。

あとは何年先になるかわからないけど、心がこの手に届くのを待つだけだ。


「地獄の沙汰も金次第」/赤司夢







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