メメント・モリ

Magic.5 ユニラテラル・テロル
「どうしてって言われてもな〜」


 うーん、と唸る男に苛立ちが足元で蠢く。この男はスクイブ――魔法族に生まれながらも魔力を持たない者。マグル界で暮らす者も少なくはない――なのか? それとも親族から魔法使いを輩出しただけのマグル?


Scourgifyスコージファイ


 履いていた黒の革靴へ杖を向け、清めの呪文を唱える。オレンジの光沢が眩しい床へと足を踏み入れると、坊主頭の男が「オイ!」と声を荒げた。けれど今はそれに構っている場合ではない。ヒナタとツキシマの間を通り、坊主頭の彼の横も一瞥もせずに真っ直ぐ通り抜ける。コツコツと、よく靴音の響く床だった。


「……答える気にはなりましたか?」


 灰色の彼の目の前で立ち止まり、杖先を彼の鼻先へとつきつける。ただの棒切れ、初めにツキシマはそう言ったが、先ほど実際に魔法を見せたことで、これが僕にとっての武器であることはもう示せただろう。


「あ、誤解させちゃったか、ごめんなー。答える気がないとかそういうんじゃないんだ。ただどう説明したものか、って」
「マグルと思われる貴方が何故スリザリン……いや、ホグワーツ魔法魔術学校をご存じなのか、その理由を尋ねているだけでしょう?」
「確かに俺はマグルってやつだよ。親族から魔法使いを輩出したわけでもない、ただのマグル」


 それと俺は菅原孝支、ラストネームがスガワラね。灰色の彼はよろしく、と笑顔をつくった。先ほどから感じていたことではあるが、この国ではどうやらアメリカ英語に偏っているらしい。


「……スガワラ、スクイブでもなく魔法族を出した家の者でもないとなると、尚更知っていることが不自然なのを分かっていますか? 仮に以前に魔法を目撃して存在を知っていたとしても、ただのマグルにはホグワーツのことまでは突き止められない。その前に忘却術士オブリビエイターによって記憶を改ざんされているはずですから」


 何も、とって食おうとしているわけじゃないので聞かせてくれませんか。最後にそう付け加えると彼は、なら杖を下ろして欲しいなあ、と困り顔で笑った。


「確かに、杖を向けて言う台詞ではありませんでしたね」


 すみません、と杖を下ろせば彼はほっと小さく息をついた。どうやら少し緊張していたらしい。静かに彼が話し始めるのを待っていると、彼は他の人たちをぐるりと一瞥した。


「えーっと、じゃあ、この中でハリポタ観た奴俺以外にいるかー? 大地と旭は大丈夫だろ?」
「三人で観たしなぁ」


 杖を持つ手が強張る。“ハリポタ”? “観た”? 何のことだろうか。それにまさか複数いるだなんて。


「はいはい! おれ!! おれも!! 全部観た!」


 ヒナタが大きく手を広げて何度もその場で跳ねる。そんなに主張せずとも十分声は通りますよ、と口を挟むほどの余裕は持てなかった。もしかしたら初めに興奮したように話しかけてきていたのはホグワーツのことでも話していたのかもしれない。


「私も」
「あッ、ぅ私も! です!」


 青みがかった黒髪の女性が小さく手を挙げる。なるほど、東洋人とは随分神秘的な美しさを持つらしい。そう考えていると、ツキシマと同じブロンドを持つ女性もピシッと手を挙げた。こちらは美しさと表現するよりも、可愛らしいと表現するのが相応しい。年齢はヒナタと同じか一、二歳ほど上といったところでしょうか。これから美しさを兼ね備えていく時期だ。


「これで全部か? うーん、もっといてもいいと思ったんだけどなあ」


 てか二年全滅かよ、とスガワラがため息を吐く。知っていることのほうが当然とも聞こえるような言い方に、思わず目を細めた。


「スガワラ、どういうことです?」
「うーんと、そうだなあ。とりあえず、ここには魔法は無いんだよ」


――魔法が存在しない? それはホグワーツを知っている人間の言う言葉ではない。


「しかしスガワラ、貴方はホグワーツのことを知っています。魔法界を知らないマグルと同じことを言うんですか?」
「スマン、俺の言い方が悪かったかも。ええと、って言った方が伝わるか?」
「この世界? まるで複数の世界が存在しているような言い方ですね。今いるここ以外にも世界があると?」
「俺もさっきまでそんなこと考えもしなかったんだけどな〜」


 驚いた驚いた、と頬を掻いたスガワラに、先ほどダイチとアサヒと呼ばれた二人は、ホントになあ、と眉尻を下げた。名前が二人のどちらを指しているのかはわからない。


「今な、西暦はとっくに2000年代なんだよ」
「つまり貴方がたにとって僕は過去の人間……ということですか」
「案外あっさり受け入れるんだな?」
「ええと……」
「ああ、スマン。俺は澤村大地。ダイチ・サワムラね」


 で、こっちのヒゲちょこが東峰旭。サワムラが茶髪ブルネットの男性を親指で示すと彼はわかりやすく肩を跳ねさせた。


「あ、アサヒ・アズマネ。よろしく……?」
「どうして疑問形なんですか……構いませんけど」
「わ、悪い……」
「それで、サワムラ。あっさり受け入れると貴方は言いましたが、正直なところ混乱していないわけでもありません」


 ですが。言葉を続ける。


逆転時計タイムターナーという魔法道具もありますから、時間旅行はけして不可能なことではありません。“未来”という点は非常に不可解ですが」


 未来に飛べるはずなんてないのだ。もしそんなものが存在したのなら、僕は闇の帝王にクリーチャーを差し出しなどしなかったというのに。


「あー、あの砂時計を回して時間を戻す時計か」
「へえ? 逆転時計タイムターナーのこともご存じなんですね? 知らない魔法使いだって多いのに」
「あー……っと。そのことについてはスガの説明を聞いていくうちにわかると思う」


 もういっそのことLegilimensレジリメンスをかけてしまおうかと頭の片隅で考える。閉心術など使えないマグルに開心術を使えば、欲しい情報が彼らの知る限りすべて手に入るだろう。しかし無理矢理頭の中を覗くのだ。当然不快に思わないわけがない。機嫌を損ねるのは面倒だ、と大人しくスガワラのほうへと視線を滑らせた。




(...I don't think going to be easy雲行きが怪しくなってきました.)



― ― ― ― ―
*補足

・<ユニラテラル【unilateral】>
 片側のみの。一方的な。

・<テロル【terror】>
 ドイツ語でテロ。英語だとテロリズム【terrorism】。

・<名字>
 (英)surname、(米)last name

 前半部で主人公が“先ほどから感じていたことではあるが、この国ではどうやらアメリカ英語に偏っているらしい”と思ったのはこのためです。2話での授業風景でも黒板に書かれた単語がfootballではなくsoccerだったことや、会話でのちょっとした単語選び、微妙な発音の違いなどで“先ほどから感じていた”となります。
 発音の違いを一部挙げますと、3話で月島が「――Do you mean this?これのことですか」と言っており、それを“語尾が緩やかに上がった静かな声”と描写させていただきました。ですが多くのイギリス人は語尾を下げる傾向にあり、Are you〜?やDo you〜?のYes/Noクエスチョンでは特にそれが顕著に表れるそうです。
 また、「Here you are.はい、ドーゾ」と杖を手渡すシーンのHereの発音も、“英:hɪə(r)”“米:hɪr”と少し違うようです。

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